2014年11月15日土曜日

物語「鏡像空間紀行」第一章

目を開けると、僕の目の前には、一つの扉があった。ピカピカに磨かれたシルバーの扉は全面鉄製で、ドアノブも含めて、全てが銀色の輝きを放っていた。シルバーメタリック。子供の頃流行ったミニ四駆、車体に穴をあけメッシュを貼り付け、モーターを改造し、二段構えのローラーを備え付けることでコーナリングをスムーズに行えるよう配慮し、ミニチュアサーキットを走る幾つもの車体の中で最も目立つ色をスプレーで塗装する。僕のマシンは、ビーク•スパイダー。蜘蛛をモチーフに作られた車体の先端部分は二股に鋭く尖り、見るものを威嚇する。僕はその車体に、ブルーメタリックのスプレーを照射した。ブラックのボディは見る見るうちにブルーメタリックの霧に覆われてゆく。光り輝く青を身に纏う蜘蛛のマシン。たまらなくかっこいいと思った。この扉の色と輝きは、今は亡き、あのマシンを僕の脳裏にイメージさせた。

僕はドアノブを右手でそっと握り、ガチャリと音がする方向へゆっくりと、しかし、完全に回し切った。ドアノブは滑らかな手触りを僕の右手に伝え、この先にある場所へ足を踏み入れるための勇気をそっと差し出してくれた。

シルバーメタリックのドアノブを回し、シルバーメタリックのドアを向こう側へと押し込むと、ドアの向こう側の空間が見えた。僕は迷わずそこに足を踏み入れた。扉を後ろ手に閉めて、空間を見渡す。奇妙な風景が広がっていた。半球体状の鏡が無数に敷き詰められていた。一つ一つの鏡は奇妙に歪み、バラバラの大きさで加工され、接続されていた。空間の全容を把握することはできない。それは余りにも巨大な空間であり、壁などによって仕切られた部屋なのか、無限に広がる宇宙のような場所なのか、それさえも僕には判断することができなかった。ひとまず僕の目に映るのは、奇妙に歪められ接続された半球体の鏡の群が織りなす巨大な鏡の反転空間であった。大きさのまばらなそれらの鏡は、僕の頭上から両側面にかけてびっしりと隙間なく埋め込まれ、全体としてそれを眺めると、ボコボコとした鏡の群がひとつの巨大な蜂の巣の内部のように見えてきた。ここは一体何処だ。僕の脳内には奇妙な鏡に映し出される無数の自分の歪んだ鏡像と、この空間の意味に対する疑問符とが交互にめまぐるしく立ち現れた。


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