2013年11月19日火曜日

井之頭公園、感謝としての歌、贈与論と音楽


近頃、朝早く起きて近所にある井之頭公園へ散歩しに行くのが日課となってきた。朝7時前の井之頭公園はとても空気が澄んでいて、11月ともなれば少しどころか結構肌寒いんだけど、そのピンとした寒さを肌で感じる事も愉しみのひとつだったりする。早朝の井之頭公園には色んなひとが行き交う。おっきなランドセルを背負った小学生、ランニングするおばちゃん、杖をつきながら歩くおじいちゃん、愛犬の散歩をする若い人もちらほら。みんな柔らかな表情で林の小道を歩いてる。そんな風景を眺めるのも好きだ。ゆっくりとした時間の流れの中でしか見られない人の顔があるからかな。

早朝のJR中央線は、いつも人間押し寿司みたいなのだ。毎日その電車に乗って、ところてんみたいにぎゅぎゅっと押し出されそうになりながら、会社へ向かう日々を流れる時間はいま考えると信じられないほど高速で流れていた。蒸気機関車が発明されて以来、人間は電車をどんどん速いものへと進化させてきた。新幹線なんて、人間を乗せて200キロ以上の速度で移動するんだもの。考えてみると不思議だ。200キロで移動する身体。

僕らの社会は、どうしてこんなにも急ぐようになってしまったのだろう。東京の人たちは歩くのがとても速い。僕の地元の岐阜県のおじいちゃん、おばあちゃんたちは驚くほどゆっくりと歩く。僕も近頃、彼らを真似してゆっくりと歩くようにしている。気がつくと前のめりになっている気持ちを身体の真ん中に据えて、ふう、と一呼吸。そして、一歩一歩、確かめるように、歩く。

意識的にゆっくりと歩く。これ、やってみるとオモロイんだけど、たったそれだけの事で、これまで見えていなかった街の様々な風景が自然と見えるようになるのだ。不思議な形の看板、いい感じに風情のある廃屋、お茶漬け屋さんという謎のお店、いろんな建物が僕らの街にある事に気づく。

公園を歩く時も同じだ。ゆっくりと、一歩、また一歩と歩く。すると、ちいさな出会いがいくつもある。こどもの頃、夢中で集めたどんぐりが山ほど転がってる事に嬉しくなったり、緑色の葉っぱの群れからのぞく、赤や黄色やオレンジや色々な色の葉っぱが、まるで緑色の宇宙に輝く星々みたいに朝日を浴びて光ってる。せわしなく歩くと気づかない、いろんなものや色や生き物との出会いが、日常の中にはたくさん隠れているんだな。

お決まりのベンチに腰掛けて、ゆっくりと、息を吸う。ひんやりと冷たい空気が僕の喉から肺へ流れ込む。僕のなかに、目の前の青い空がゆっくりと広がる。気持ちいいなあと思う。そんな事が、とても幸せだなと思う。早すぎる世の中でふと忘れてしまうようなものを、森が思い出させてくれる。たくさんの贈り物を僕にくれる。ありがたいなあ、といつも感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。

そんな時間を過ごして家路につくと、なんだか予感がするのだ。僕は傍のギターに手をのばし、なんとはなしにポロリポロリと弦を爪弾く。自然とメロディと詩が僕の口から流れ出す。僕は歌に任せて、歌を歌う。何を歌っているのかなんて考えない。そんな事はどうだっていいことなのだ。森のなかで、お腹いっぱいの太陽を浴びてるときみたいに、音のなかに寝っころがるだけ。気づくと歌は終わってる。産まれて、すぐ、消えて行く。なぜか知らないけど、ありがとう、と祈りたい気持ちになる。近頃思うんだけど、歌うってのは、自分の周りのひとや自然やその他いろいろなものに出会い、素敵な気持ちになって、
出会えてよかったなあ、有難いなあ、と思って、そんな風に関係させてくれた事とそんな風に関係する事のできるいまのこの自分の身体と心を貸してくれているなんかおっきなものに、感謝の気持ちを伝えることなんじゃないか、と思ったりする。どんな出会いもどんな気持ちもどんな感動も、それを感じるための自分をいろいろなものが形作ってきてくれた結果としての僕がいま、ここ、にいること。それは、与えられたものなんだな、選んだものなんてほとんどないなと思う。そう思うと、何かを好きになったり、何かを愛おしく愛することってのは、とても自然で、それに対して、ありがとう、
と言いたくなる。歌って、僕にとってそんなものだなあ、と思うのだ。

与えられること、与えること。
なんかぼんやりとしてよくわからんが、そんな事が自然なことだなと思う。

かつてフランスの思想家マルセル・モースは『贈与論』で、はじまりの経済は誰かが誰かに何かを与えること、つまり、プレゼントする事から始まった、とか言っていた気がする。確か。間違ってたらごめんなさい。けど、いまはとてつもなく巨大化してひとの手にも負えない経済てものも、誰かが誰かにありがとうをするためにはじまったんだとしたら、それって素敵やなーと思う。心が贈与を生み出し、交換を生み出す。経済ってそーゆうものだったんやな、と思うと、なんだかサラリーマン時代の仕事って、なんだったんやろと思う。みんなバタバタ時間とコストとやらに追われて、必死なのはわかるけど、そこに心からの贈与と交換なんて全くなかった。誰かが誰かを貶めたり、悪巧みしたり、誰かより自分が評価されていることをひけらかしたり、そんな事ばかり。いまだって、心あるひとが誰かのことを考えて仕事をしていることはもちろん知っている。僕があの場所でそれを感じられなかっただけなのかね。わからん。

音楽と日常というブログなので、一応音楽にも絡めて話したい。一応てなんやねん。とりあえず思うのは、モースが言ったみたいな「贈与」としての音楽がもっと産まれたらいいと思っておる。それはどういうことかと言うと、貨幣と交換可能な商品としての音楽コンテンツやライブばかりでなく、貨幣という物神から離れた別の価値を有する関係性をデザインすること、原始経済的な非功利的な交換の環のなかに音楽を据えることだと思ってる。たとえば、CDとなにか別のものの物々交換だったり、個人が所有して当たり前の楽器や音楽の場を公共の資産として共有可能な形でひらいたりして行くことで、いま当たり前になっている貨幣と音楽の交換ではない、原始的な交換可能性を音楽の文化としてデザインしてみたいなと僕は思ってる。お天道様から歌を頂くみたいに、必要な誰かに必要なものが渡って行く、つながって、受け継がれて行くような関係性のなかにある音楽。そんなものがあったらいいと思うんだ。具体的なプランはまだ秘密だ。

贈与としての音楽。
それって素敵やな、と思う、百瀬でした。

2013年11月7日木曜日

こどもとおとなの演奏会  『オトマトペ』


  穏やかな昼下がり。JR中央線へ乗り込み、待ち合わせの高円寺駅へ向かう。駅の改札前にて、「音楽と日常」第一回目のインタビューのお相手、阿部郁美さんと初顔合わせ。

  Twitterのタイムラインを眺めていたらふと目に飛び込んできたツイートをきっかけに、彼女の企画「オトマトペ」に興味を惹かれ、お話を伺わせていただく運びとなりました。

 阿部さんの企画「オトマトペ」は、こどもたちのための公共施設である児童館にて、こどもとおとながともにつくりあげる演奏会です。

 こどもたちが、自由に音を想像すること、想像した音を実際にみんなで自由に鳴らし、純粋な音楽のたのしさや音をだす喜びの中にこどもとおとながいる。

 音楽は、こどもたちの遊びのなかで生まれていく。それは、価値を競いあう音楽ではなく、音楽を「音楽家」の手から「市民」の手に還す運動であり、こどもたちにとっての日常である「遊び」の中から生まれる音楽となる。

 都市空間におけるアートは、現在進行形で拡散しつつあります。しかし、その多くは、「地域」というものをマニフェストとして標榜しながらも、本来の地域に根差す文化性、物語性、そこに生きる人々の営み、日常といったものから切り離され表象として固定された「地域」を対象とみなし、アートの独善性を生の現実に投射するだけで、単なるおせっかいモノとなってしまっています。

 そうした現代の文化や芸術、音楽の状況の中で、児童館というこどもたちの施設に着目し、こどもとおとなの演奏会をやる、ということはどういう意味を持つのか。

 また、阿部郁美さんが、その企画についてどのように考え、どのような思いで企画をはじめたのかを中心にお話を伺いました。


■阿部郁美さんについて





阿部さんは、現在19歳。一度入学した大学を辞め、現在はアルバイトをしながら美大への進学のための準備をしている。

「歌うことが好き」な彼女は、都内近郊のライブハウスで弾き語りのライブをしている。また、自宅近所の中村児童館という児童施設へボランティアスタッフとして通い、児童館のこどもたちと遊ぶといった日常を過ごしている。

そんな阿部さんの企画「オトマトペ」は、彼女の通う、中村児童館のこどもたちと一緒に演奏会を行うという企画だ。こどもとおとなの演奏会「オトマトペ」。


■「こどもと音楽」<ドキュメンタリー~「アーティストイン・児童館」「石川家」の活動へ>

でははじめに、こどもたちとの演奏会という企画をやろうと思った経緯について聞かせてもらえますか。
 阿部 「元々、ドキュメンタリーというものにすごく興味があって、ドキュメンタリー作品をひとつ撮りたいと考えていたんです。ドキュメンタリーとして何を撮ろうかを考えて、その対象として自分の好きな音楽活動をしている人を撮りたいと思って。
 音楽をドキュメンタリーとしてどんな風に撮ろうか、と考えたときに、自分の周りにいた人たち、アーティストイン児童館*1の活動を思い出して、こどもたちと音楽をテーマに何か撮ろう、と考えるようになったんです。」
- 「アーティスト・イン・児童館」というのは、児童館でアーティストとこどもたちが共同制作をする活動ですよね。ぼくも学生の頃、関わっていました。「音楽」を通してゆるやかに変化していくこどもたちの姿を撮りたい、ということでしょうか?
阿部 「そうですね。こどもと一緒にやろうと思ったきっかけはもう一つありました。それは、私の通っていた児童館のイベントでライブをするバンド「石川家」に出会ったことでした。
 「石川家」はお母さんと小学校3年生のお兄ちゃん、5歳の弟の三人のバンドで、私が観たライブではFISHMANSの「Walkin」のカヴァーをやっていて、それがすごく素敵だったんですよ。
 一緒に生活している家族で、マイクを使わないで、ギターとピアニカ、家にあるオモチャを鳴らしながらゆったりと歌うその感じがすごく好きで、私もこんなことがしたい、と思ったんです。




 そこから自分の中でイメージができてきたんですが、どうやってやればいいのかわからなくて、とりあえずツイッターにツイートしてみたりしていました。そしたら、高校時代に私が所属していた軽音楽部の友達が興味を持ってくれて「いっしょにやろう」となったんですが、なかなか集まって話あう機会などが持てなくて。当初夏にやろうとおもっていたんですが、冬に延期になっちゃったんです。」
   
■児童館の「今」と新しい表現
~遊びコミュニケーションと創作~

阿部 「私がその演奏会の企画を行う予定の中村児童館では、毎年夏と冬にライブイベントが行われていて、そのイベントの機会を使わせていただきたいと思っています。
 もともとは、児童館に遊びにくる中高生がバンド演奏したり、ダンスやマジックなどパフォーマンスしたりする場だったんですけど、近頃は、全然参加する人がいなくて、私ともう一人くらいしか参加しなかったんですね。
 児童館の職員さんにも相談して、その日に向けて、秋頃から週一回程度、こどもたちとの練習時間をもうけて練習していこうと思っています。
 いまはこどもたちと仲良くなる期間だと思って児童館に遊びにいっています。急に現れた見知らぬ人が突然「いっしょに音楽やろうよ」と言っても、こどもたちも戸惑ってしまうだけなので、まずは仲良くなる事からはじめようと思いました。」
-  僕自身がアーティスト・イン・児童館の活動に関わっていたときも、やっぱり同じことを思っていました。突然現れた大人が、「いっしょにつくろうよ」と言ったところで、「意味わかんね!」「やだ!」と、はねつけられてましたから。笑 
  ひとつの企画をこどもたちと作り上げていく上で、まずは人として「仲良くなる」ってことは、すごく大事だと思います。
阿部 「職員の方々に言われたことを思い出してみたり、アーティストユニット「ナデガタインスタントパーティ *2」や劇団「快快*3」など、アーティストイン児童館の招聘作家の方たちの企画のつくりかたをみていると、ちょくちょく児童館に遊びにきてこどもたちと仲良くなることからはじめていて。やっぱりそういう形で子どもたちの遊びの環のなかにはいっていくことが大事だなと感じてるんです。」
 - なるほど。アーティストイン児童館で行われていた「ことばのかたち工房」*4という企画があります。「若返り」とか「高級感」とか、いろんな「ことば」をお題に子どもたちにイメージを広げてもらい、それを、古着をつかって造形する、という企画です。
 あの企画に関わっていたときに感じたのが、非日常的な「場」をこどもたちの「日常性」のなかに埋め込んでいく方法の難しさだったんですよね。
 児童館は、こどもたちにとっての「日常」の遊び場であって、そこに突然非日常的な創作の「場」を放り込んでもなかなかうまく「場」が動き出さない。彼らと人として関わり、仲良くなることを通して、たとえばドッジボールを一緒にやったりしていく「日常性」のなかで彼らを僕らの企画がつくる「場」に巻き込んでいくこと。
 日常と非日常を、遊びを介してゆるやかに繋いでいくことで「場」にこどもたちが自然に介入してグルーヴが生まれるなあと学びました。

阿部 「そうですよね。冬の企画は第一ステップとして、「まずは一度やってみる」という機会として考えています。
 まずは一回やってみて、そこから何か気づくこともあるだろうし、ゆっくり時間をかけてやり方を工夫したり、内容を肉付けしたりしながら、企画を進めていきたいと思っています。」

阿部さんの意識として、中村児童館で夏と冬に行われるイベント以前とが変わってしまったことに対して、なんとかしたいという想いもあるのでしょうか?

阿部 「はい。先ほどお話した児童館のイベントは、小中高の児童館に遊びにくるこどもたちがライブをしたり、演劇をしたり、ダンスをしたり、本当になんでもありな場所だったんです。
 それが最近ではあまり出演する人も少なくなってしまってきているので、そのイベントで何かおもしろいことをしたいという気持ちもあります。」

そのイベント自体、すごくいい取り組みですもんね。

阿部 「イベントに参加するこどもが減ってしまったのは、児童館に遊びにくるこどもの数が減ったわけじゃなくて、児童館に遊びにきてもゲームをやってるだけの子が多かったり、せっかくある音楽室も、かくれんぼとかに使われているばかりで、そういうのは少しさみしいな、と思っています。
  あまり弾けないんですけど、音楽室においてあるピアノとか弾いていると興味を持って寄ってくる子もいたりして、そんな子たちといっしょに何かやったら楽しいと思うんですよね。」
 ■こどもたちに自由に音をだしてほしい

冬にやる企画については、どのような形での演奏会を考えているんでしょうか。
 演奏会にも、いろんな形があると思うんです。たとえば、みんなが知っているような有名な曲を選んで、それをこどもたちにきちっとパートを割り振って練習して演奏する、という形もあれば、とにかく自由にセッションするような形もあり得るし。

阿部 「そうだなあ。このパートやりたいひとーとか割り振りはある程度必要だと思うんですよね。そうじゃないと決まらないから。でも、私が勝手に割り振るんじゃなくて、こどもたちがそれぞれ出したい音を選んで、ひとつの曲に対して、「こんな音があったら楽しいよね」みたいな感じで、好きな音をたくさん足していきたいんですよ。それで、わーっとさせたくて。」

- いいですね。各パートが楽譜通りの演奏するんじゃなくて、パートだけ与えられていて、あとは自由、みたいな。

阿部  「タンバリンとかギターみたいな既成の楽器だけじゃなくて、出したい音にあわせて、それを出せる「楽器のようなもの」をみんなで工作できたら楽しいんじゃないかな、と思っていて。たとえば、ガチャガチャのカプセルみたいなものにビーズ入れてマラカスみたいなものをつくったりとか、そんなでもいいし。」

おもしろいですねー。僕が卒論で取り上げた企画を思い出しました。
 神奈川県藤沢市でまちなかでの作品の展示やらパフォーマンスを開催する地域型アートプロジェクトなんですけど、ぼくはそこに参加しているアーティストや地域のおじさんとすごくおもしろい出会いをしたんです。
 ある晩、友達と酒飲んで、「ほなそろそろ帰るかー」ってなって駅に向かったら、駅前に、円形に座り込んでるおじさんやらおばさんやらこどもがたくさんいて、みんな竹筒を手にもってるんすよ。んで、それを地面に叩き付けて、カンカン音を出してたの。
  
阿部  「(笑)」

- ほんま謎の集団で。(笑)なんかわけわからん踊りしてるひといるし、民族っぽい歌うたってるひともいるし、もうカオスで。(笑)
 僕も竹筒渡されちゃったんで、友達と一緒にカンカンしてたらすごい楽しくなってきちゃって、終わってからもみんなで「飲みにいくぞー」とか言ってばか騒ぎしながら飲みにいったんですよ。
 竹を切って、中をくり抜いただけの楽器なんだけど、意外と簡単な楽器でも、血がたぎるようなおもろい楽器って作れたりするんですよね。こどもたちとかけっこー喜ぶと思いますよ。ほんと、意外と民族的なグルーブも出るし。
阿部  「それはもとからある楽器とかじゃないんですよね?(笑)」

- ないですよ。ただ単に、竹切っただけだし。(笑)あ、でも、そのプロジェクトのなかに民族楽器みたいなものを作っているアーティストのおっさんがいて、たぶんその人が考案した、楽器みたいなものだと思います。あーゆうのあると楽しいですよ。ぜひ、参考までに(笑)

阿部  「そんなのあったらおもしろいですね。(笑)楽器はそれだけですか?」

- それだけ。(笑)あとはもう、その竹筒の作り出すリズムにあわせて歌ったり踊ったりするだけの、原始的な音楽です。もはや、古代人の集まりでしたね。(笑)

阿部  「(笑)そりゃこどもたち惹かれますよね。」

- どんどん新しい楽器も考案して、つくって、普通の音楽やってる人たちなら「こんな音入れないでしょ」みたいな音をこどもたちといっしょにどんどん入れていったら楽しいでしょうね。

阿部  「そうですねー。楽しそう。そんなのやりたいです。」

- 演奏会の曲は、知ってる曲をベースにやるんですか。それとも、郁美さんが曲オリジナルで作っちゃったりとか?
 阿部  「作らないですよー。(笑)一応弾き語りもしてるし、自分の曲も何曲かあるんですけど、へたくそなんで。やるなら、大人もこどももみんなが知ってる曲をやりたいです。ジブリの曲とか、みんな知ってるしいいかなあって。
 何曲かやるなら、知らない曲があってもいいと思うんですけど、こどもたちが楽しめるのはやっぱり知ってる曲かなあって。グループをいくつかにわけてそれぞれが1曲を演奏するのか、大きなグループで数曲を演奏するのかとかはまだ考え中で。
 1、2ヶ月しかないし、こどもたちの集中力の問題もあるので、いまのところ、ひとつの大きなグループでやる方がいいのかなと思っていますけど。」

-  開催時期はいつ頃ですか。

阿部  「12月のはじめだったと思います。」

- まだ練習自体ははじめてないんですよね。

阿部  「始めてないです、し、まだ曲も決めてないんです。さっき話した軽音楽部の友達たちは、さほど乗り気じゃなくなってきちゃったみたいなんで、自分一人でできることは自分で始めて行きたいんですけど限界もあるんで、私と同じように児童館にきている同年代の子たちにも手伝ってもらっていろいろはじめていこうかなあと思っています。」
- なるほど。いいですね。お話を聞いてたら、大友良英さん企画の「プロジェクトFUKUSHIMA!」の演奏会を思い出しました。
 
 東日本大震災の復興支援の形で立ち上がったプロジェクトで、大友良英さんを中心に、七尾旅人さんのような歌い手も参加して、井の頭公園でも演奏会をやったんですね。
 その演奏会に、実は僕も参加させてもらったんです。参加は自由。みんな好きな楽器や音の出るものを持ち寄って、とにかく好き勝手に音を出しながら井の頭公園の中を行進する音楽パレードだったんですが、それがとても楽しくて。
 そんなかんじで、カオスに音を出すこと自体を楽しむっていう音楽のあり方がいまいろんな場所で立ち上がってきていると思うんです。
 郁美さんの企画する演奏会が、そういうカオスな音の洪水をこどもたちとともに生み出すものなのか、それとも奇麗にまとまりのある音楽をこどもとともにつくりあげるのか、っていうのは、今回のお話を聞くまで気になっていた事だったんです。
 阿部  「その二つの中間がいいなって思っています。ひとつの曲をやるんですけど、こどもたちには、本当に自由に音をだしてほしいと思うんです。これはだめ、とかは言いたくない。とにかく、自由にやりたいです。」

- その中間を目指しながら、こどもたちの自由さを解放するためには、逆にひとつの軸となる要素、部分が必要になりますよね、たぶん。
 阿部  「そうですね。そういう意味では、歌うこと、というのを一つの軸にしたいと思っています。こどもたちみんなが楽器ができるわけじゃないし、誰でもできることと言えば、歌うことかなと思いますし。私自身も歌うことが好きなんで、こどもたちといっしょに、歌うこと、音楽ってたのしいよねえと共有していきたい。」
 - 歌が一つの曲の軸になりながら、こどもたちの自由な音の洪水が好き勝手に立ち現れるならば、一つの「音楽」として成立しそうですね。たのしそうだし。面白い。
 阿部  「私自身、楽器はあまり得意ではないけど弾き語りしているのは、歌うことがすごく好きなんですね。最初は、アカペラとかでみんなで歌うのもたのしいかなとか思ったんですけど、やっぱり少しさみしいかなと思って、いまはそういう形で考えています。」
 - 話は戻るんですけど、最初の興味であった「ドキュメンタリー」をその演奏会を撮ることで作るんですか。
 阿部  「はじめは、ドキュメンタリーを撮ることが目的だったんですけど、企画を考えていくにつれて、いまはその演奏会自体をおもしろいものにしていきたいという気持ちが強まっていったので、この演奏会をドキュメンタリー作品として映像にするかどうかは、いま考え中です。」
 - 個人的にはすごく観てみたいです。いい意味で余白の残っている企画なので、これから郁美さんとともにこの演奏会の企画がどう育っていくのか、とても楽しみです。
 阿部  「まだまだ考えることややらなきゃいけないことがたくさんあるんですけど、とにかくこどもたちとたのしいことができるように、がんばります。」


■インタビューを終えて
 

 アーティストイン児童館、石川家という二つの「共同制作」の現場に出会い、自分も何かをこどもたちとともに作りたいという想いを持った阿部さん。悩みながらも、彼女の言葉からは、音楽への愛情と、こどもたちとともに楽しいことをしたいという純粋な気持ちが伝わってきました。
 僕がインタビューをした際には、まだ企画名が決まっていませんでした。

「名前のない演奏会」。

 これはこれでおもしろいなあと僕は思っていましたが、後日彼女から連絡を頂きました。
 「企画の名前は、オトマトペにします。」
 
 オトマトペは、「擬音語」を意味する「オノマトペ」と「音」という言葉を掛け合わせた阿部さんのオリジナルの言葉だそうです。「どんな想いでつけたんですか?」と聞くと、彼女はこう答えてくれました。


 「子どもたちと音楽をするのに、CコードもFコードも理解するのは難しいだろうし、むしろ必要ないと思ったんです。どういう形で音楽の音作りをしていこうかなって考えたときに、声で、「こういう音が欲しい」っていうのは誰でも伝え合うことはできるだろうなって。「ガシャガシャ」とか、「ピロピロ〜」とか。
 だから、「オノマトペ」。擬音語から始まる「音」作りで「オトマトペ」です。」


擬音語からはじまる、こどもとおとなの音作り。

阿部さんの企画のこれからがとても楽しみです。
取材・文:百瀬雄太


*1 アーティストイン児童館
 こどもたちの遊びの現場である児童館にアーティストを招聘し、児童館をこどもとアーティストの創作表現のための作業場として活用するプログラム。NPO法人アーティストイン児童館と東京都、東京文化発信プロジェクト室(東京都歴史文化財団)、練馬区教育委員会の共催により「東京アートポイント計画」の一環として実施されている。

 阿部さんが高校生の当時、中村児童館ではアーティストイン児童館主催の「全児童自動館」が行われていました。彼女は、児童館に遊びにくるひとりの「こども」として、また、活動を作り上げるスタッフ、つまりひとりの「おとな」として、この企画に参加していたそうです。

*2  ナデガタ・インスタント・パーティー

中崎透、山城大督、野田智子の3名で構成される「本末転倒型オフビートユニット」。2006年より活動を開始。地域コミュニティにコミットし、その場所において最適な「口実」を立ち上げることから作品制作を始める。口実化した目的を達成するために、多くの参加者を巻き込みながら、ひとつの出来事を「現実」としてつくりあげていく。「口実」によって「現実」が変わっていくその過程をストーリー化し、映像ドキュメントや演劇的手法、インスタレーションなどを組み合わせながら作品を展開している。代表作に2010年、100名を越える市民スタッフと共に地元メディアをも巻込んだ24時間だけのインターネットテレビ局「24 OUR TELEVISION」( 国際芸術センター青森)がある。2011年、初の海外作品となる「Yellow Cake Street」(Perth Institute of Contemporary Arts、パース/オーストラリア)では、架空のオーストラリア家庭料理「イエローケーキ」のレシピを地元シェフや市 民と考案し、期間限定のケーキ店の開業を実現させた。
※下記HP、profilより引用
*3  快快
2004年結成、(200841日に小指値< koyubichi>から快快に改名)
集団制作という独自のスタイルで作品を発表し続ける、東京を中心に活動する劇団。
パフォーミングアーツにおける斬新な表現を開拓し「物語ること」を重視した作風で今日の複雑な都市と人を映し出しながらも、次第に幸福感に包まれゆく人間の性をポップに新しく描いてきた。
2009年よりアジア、EUにも活動の場を広げ、20109月代表作「My name is I LOVE YOU」でスイスのチューリヒ・シアター・スペクタクルにてアジア人初の最優秀賞、ZKB Patronage Prize 2010」を受賞。既存の概念を越境しては演劇という枠に揺さぶりをかけ続ける「TrashFreshな日本の表現者」として国際的にも注目されている。
本公演以外にも、野田秀樹プロデュース日タイ共同制作での作品発表、福島県いわき総合高校とのコラボレーション公演、「スペクタクル・イン・ザ・ファーム」、「吾妻橋ダンスクロッシング」等イベントへの参加、美術館での展示、パーティーの企画、銭湯や家での公演等、よりストリートで親しみ易い文化としての演劇活動を志して来た。
主な作品は「My name is I LOVE YOU」(2009)「Y時のはなし」(2010)「SHIBAHAMA」(2010)「アントン・猫・クリ」(2012)。20129月に発表した最新作「りんご」は「死」というテーマに真っ向から挑み大きな話題を呼んだ。201212月アーティスト・イン・児童館とのプロジェクト「Y時のはなし・イン・児童館」では子供たちとの制作に挑戦し好評を得た。
※下記HP、profilより引用
*4  ことばのかたち工房