2015年12月11日金曜日

あの日のブルーシート

昨日、ある人と電話をした。近頃は、なぜだかわからないけど、電話をすることがふえた。電話をすることなんてむかしはあまりなかった。といっても、そのむかしというものがいつのことなのかはよくわからない。いつかのこと。むかしのこと。むかしむかしとあるところに。そんなふうにしか思い出せないことがだんだんと増えてきているような気もする。

昨日、ある人と電話をした。僕はむかし、その人に恋をしていた。愛していたというと恥ずかしけれどそれもしていた。いまでもそれはそうで、僕にとってのその人は、なんならいまのほうが近いところにいるような気がして、このごろ全然会ってないのに、別れてからのほうが俺とおまえは近くにいるなあなどと笑いあったりした。電話のむこうにいるその人がいまどんな街に暮らしているのか僕は知らないけど、知らなくても、いいんだ。それでも、近くにいる。そんなことを、電話越しに、感じることができる。不思議だなあとおもう。けれど、そうなのだ。そうなのだから、それはそれでいいのだ。電話のむこうで、その人が笑ったりしている。つまらないはなしをすると黙り込んだり、へーって興味なさそうなあいづちをうったりして、あ、おまえいま興味ないやろ、このはなしやーめた、と言って、また、笑う。そいつも笑う。笑うって、いいなとおもえる。ひとりで笑っても、あんまり、たのしくはないから。


あんまりおもいだせない。
あんまりおもいだせないんだ。
でも、
わすれたわけじゃあないんだよ。
ただ、
あんまりおもいだせないだけ。
あんまりおもいだせないだけで、
わすれたわけじゃあないんだよ。

どんなことも、そう。
わすれたり、
おもいだしたり、
そしてまた、わすれたり、
そういうことをしないと、
くるしくなってしまうから、
人は、忘れることが、できると思う、
し、
人は、思い出すことが、できると思う。

時々、
必要なときに、
思い出してやれば、
もう、そこに、いたりする。

あの日の記憶。



最近、オカンとよくしゃべるようになった。まえから、すこしはしゃべるときもあったけど、このごろは、すこし、また、なにかが変わってきたようなかんじがする。オカンと僕。51歳と27歳。あらためて数字を書いてみると、なんだかすごいな。おばさんとアラサーだ。ちょっとまえまで、この半分くらいだった気がするのに、いまでは52と27。よくわからないな。年齢って、よくわからないな。僕にはよくわからないんだ。歳をとることって、なんだろう。歳をとるっていうけど、そりゃあ時間は流れているけど、僕は僕の知らん未来にいまいるけど、でも、なんだか結局、僕は僕のまんまだなあって、昨日そいつと電話しながら、また、笑った。変わらねえなあって思った。変わってくんだけど、いまも結局、あそこにいたりする。あそこって、こことはちがうところなんじゃないんだっけ?よくわかんねえなあ。あそこ。んー。

お気に入りの空き地があった。そこは僕が通っていた小学校のすぐ近く。友達のみっちーが後ろ向きでふざけながら歩いてたら車にはねられて足の骨を折ったのは、あの空き地のまえだったなといま思い出した。みっちー、元気かな。あんときすげー痛そうだったな。足から、骨、すこし見えてたもんなあ。泣いてたみっちー。いまどこでなにしてんだろ。みっちーは僕の中ではいまもあの空き地のまえで泣いてる。わんわん泣いてる。犬みたいに泣いてる。痛そうで、それを見てたら、僕まで痛くて顔をゆがめた。と書いていたらなんだかいまの僕まで、痛くなってきた。痛いのって、どんなふうに痛いのかわかんないのに、痛いことはそのまんまこっちにもうつるから、風邪みたいで、なんか変だ。痛いのっていやだよね。痛くないほうがいいよなあ。

あの空き地で、あのころ僕はよく遊んだ。あのころっていつのことだかもうわすれた。たぶんちいさいころだ。からだがちいさかったから、空き地に横たわった土管のなかにもすんなりもぐりこめた。あんときはちいさい僕だった。年齢は知らない。でも、僕は僕だった。

空き地のはしっこに、鉄パイプが組まれていた。それは大きかった。大人よりも大きかった。ジャングルジムみたいに組まれていた。おっきな鉄パイプの塊。僕はそれを、僕だけの秘密基地にした。友達の家に遊びにいくのは好きじゃなかった。なんだか居心地が悪かった。僕が覚えていない頃から、僕はすぐに家に帰りたがっていたとこのまえオカンが教えてくれた。僕は僕の好きな場所とそうでない場所がよくわかるこどもらしい。それはいまもあまりかわらない。好きな場所にいたいのだ。おだやかにいたいのだ。痛いのはいやなのだ。疲れるのはいやなのだ。のんびりしたい。くつろいで、空気がしんと静かで、息が、呼吸する自分の音が、聴こえるくらいのところにいたい。

あの空き地の秘密基地は、ブルーシートにくるまれていた。おっきなブルーシートは空みたいな色をして空みたいにおっきかった。ブルーシートにくるまれて、そいつはそこにいた。僕はそのなかに入ってみた。入っちゃダメって書いてあった気もするけど、そんなのはおかまいなしだ。なんせ僕は冒険家。秘密のアジトに侵入するスパイ。古代の王様の眠るピラミッドに侵入する勇敢な冒険家。インディー・ジョーンズ!パーパラパーパパパー 好きだったなあインディー・ジョーンズ。探検家の映画はガキの頃たくさん見たんだ。冒険がしたかった。知らんとこに行きたかった。生きてることを見たかった。たぶんそう。それはいまも。

ブルーシートにくるまれた秘密基地のなかは、青色だった。ブルーシートが青色なんだからあたりまえだ。けど、僕はやたらと興奮して、そんでしばらく興奮したら、今度はすっかり落ち着いた。なんて落ち着くんだろうって思った。青色のブルーシートにくるまれて、僕は僕だけの居場所を見つけた。ああ、ひとりだあ、って、しずかになれた。

おひさまのひかりが、ブルーシートを照らしていた。ブルーシートのおなかのなかにいる僕は、おひさまのひかりをいっぱい浴びて青く光るブルーシートの色を見つめた。いいなあと思った。まじまじと見て、目を細めて見て、ブルーシートのおくるみのなかに座りこんでいた。僕はひとりだった。でも、いやなひとりじゃなくて、ここちいいひとりだった。ひとりだなあとさみしいときと、ひとりだなあとうれしいときと、両方のひとりがあるんだなあと思った。そこで僕は、うれしいひとりだなあだった。

ブルーシートから出る頃には、外はすこし夕焼け空だった。あたりはすこしずつ暗くなってきた。僕は家に帰る時間だ。夕焼けがしずんだら、僕は家に帰る。そういうことになっていた。すこしさみしくなった。そういうことになっているから、すこしさみしくなったのかな。僕はブルーシートのおくるみにくるまれた秘密基地にばいばいをした。また来るねと言った。心のなかで言った。たしかあれ以来そこへは行っていない。そんな気がする。一度だけの記憶。青の中に座りこんだ記憶。それがほんとうかどうかはよかしらない。ほんとうかどうかがどういうことかもよくしらない。

夕焼けが赤く赤く染まっていく。帰ろう。おうちに帰ろう。

かあちゃんの手を握ってその道を歩いていた。
それはたぶん別の日。
でも、おなじ道の上。
思い出す時、そこには、同じだけど違う道がある。
あの日はひとりで帰った。
赤色の道のうえ、とぼとぼと帰った。
ばいばいブルーシート。
僕は言った。たぶん。
言ってないかも。よくわかんないや。
けど、言ったことにしてる。
またね。ブルーシート。
僕の中にまだあそこはあるから、
やっぱり、ばいばいじゃないな。
思い出すたびに、そこに行くんだから、
もうそこがなくなってても、僕の中にはあるんだ。
あのときの僕も、思い出すときに、僕のなかにいる。
それが僕で、いまも僕で、僕の真ん中。僕だから僕。

遊び疲れて帰る夕焼けの道のうえ、
なぜだかすこしさみしくなるけど、
家に帰れば、
おいしいごはんが待ってるんだ。
かあちゃんのごはん。
はらへったな。
今夜はカレーだ。
帰ろ帰ろ。
あー
かあちゃん

さっきまでかあちゃんとしゃべってた。
かあちゃん、仕事たいへんなんだ。
かあちゃんだって、かあちゃんやれるときと、
かあちゃんやれないときがあるんだ。
誰だって、そう。
疲れちゃうときもあるよね。
だからそんときは、聴く。
はなしをしたりして、聴く。
目を見たり見なかったりして。
かあちゃん、おつかれ。
無理せんでね。
洗い物はやっておくよ。

このまえの空、
ひさしぶりに、
あのブルーシートの帰り道のことを思い出した。
あの空によく似ていた。
空気が、おんなじだった。
あ、と思った。
あんときの俺がいる。
まだいるんだって、そう思った。
空はつながってるんだ。
どこまでもつながってるし、
いつまでも、つながってるんだ。
それは、あの日にも。
だから、あの日の僕も、
ここにいたりする。
そのときに、僕はあの日の僕に会う。
あ、ってなって、
ははっ、って笑って、
しんみり空を眺めて、
おーい、
俺は、
いまも、
俺だよ。
おまえは、
元気にしてるか?
俺は、
病気だけど、
元気だよ。
いま、
すこしずつ、
元気になってるよ。
おまえも、
元気でやれよ、
って、
もう、
さわれはしないけど、
あの日の僕に、
俺は、そう、笑いかける。

青い空の真ん中。
空はブルーシート。
いつでも、
どこでも、
いつまでも、
どこまでも、
くるんでくれている、
おおきなおおきな、
ブルーシート。
その真ん中には、
俺も、あいつも、僕も、あなたも、
みいんな、いるよ。

だから、
また、
会えると思うよ。

いつか。ね。
旅してるとね。
それが、生活。

あしたも、
おいしいごはんを食べて、
たくさん、遊ぼうね。