2015年7月11日土曜日

[小説似て非なるものへの断片]② 無数の声はやがて一つの声になる

無数の声はやがて一つの声になる

そこで僕が見つけたのは、謎の集団だった。全身を一枚の白い布で覆い隠し、その布と同じ素材で作られた白い帽子を被った人々が数え切れないほどにそこにいた。帽子は顔を覆うように作られているのでひとりひとりの顔を識別することはできないが、そこには老若男女様々な人々がいた。肌の色から考えると、おそらく日本人ではないと人々もたくさんいる。僕は街灯の陰に身をひそめて様子を伺った。一体彼らはどういう集団なのだろう。新手の新興宗教の集まりだろうか。それにしては数が多い。このあたりでこんな集団を見かけたのは初めてのことだった。同じ形の白装束を身につけた集団を見つめていると、布と布とが重なりあいひとりひとりの輪郭がぼやけて、まるで白い布でできた一つの生き物のように見えた。

しばらくして、集団の中から1人の男が小高い丘の上に登り、集団にむけて号令のようなものを口にした。男の発した言葉は聴き覚えのない奇妙な言葉だった。その言葉を聞くやいなや、集団は一斉に同じ方向を向いてぞろぞろと歩きはじめた。僕はその集団のあとをつけることにした。

白装束の集団はしばらく歩き続けた。彼らの足取りはゆったりとしていたので見失う心配はなかった。道の端々にある物陰に身を隠しながら、ある程度の距離を保って僕は彼らのあとを追った。

どれくらい歩いただろう。似通った森のなかを歩いていると時間の感覚が奇妙に失われていった。二股に分かれた道を右へ左へと歩き続けた。まるであみだくじみたいだ。

それからまたしばらく歩いたところで、白装束の集団はぴたりと足を止めた。僕も木陰に隠れて足を止め、彼らの様子を伺った。集団の前方に目を凝らしてみると、そこには岩山があった。岩山には無数のオレンジ色の光が灯されていた。オレンジ色の光はおそらく蝋燭だろう。ここからではそこまで仔細に確認することはできない。白装束の集団の前方、岩山の麓には洞窟の入り口が見えた。集団の指揮をとった男がここでもう一度号令をかけた。そして集団は1人、また1人と岩山の洞窟へと足を踏み入れていった。

最後の1人が洞窟に足を踏み入れてから、僕は洞窟の近くへ素早く移動して、辺りの様子を伺ってから、洞窟のなかを覗き込んだ。洞窟のなかには濃密な暗闇が満ちていて、一メートル先の地面さえも入り口からでは見ることができなかった。僕は躊躇した。けれど、そこへ足を踏み入れることに決めた。そこに入らなければならないと感じたのだ。僕は一度、深く息を吸い込み、それを吐き出した。そして、その暗闇のなかへ足を踏み入れた。

白装束の集団
聖堂
合唱
それは、
言葉なき言葉で、
声は、
メロディではなく、
通奏低音を奏でる
それらは無数の人間の口から発されて、交じり合い、反響し、新たな声を生み、すべては一つの複雑な歌声へと変貌する。それは嵐のようであり、同時に揺りかごのようでもある。怒号のようでもあり、同時に、賛美歌のようでもある。決められた音はあるのだろうか。ないのかもしれない。彼らはある種の自由のなかでそれを歌う。歌とは彼らにとってそのような種類のものだった。みな、どこでもないどこかを見つめて声を発しつづけた。その歌は空間に渦を巻いた。渦は次第に強くなり、そして、聖堂に灯された無数の灯火の塔色の光が宙にぽぅっと浮かび上がる。音に導かれるようにして、それらの光は宙空に渦を作りはじめる。音の渦巻きに巻き込まれる。巻き込まれて、光は、声の渦の中心に吸い寄せられていく。無数の光が渦を巻き、そこには塔色の実を無数に実らせたひとつの巨大な渦巻き状の卵のようなものが出来上がる。卵の外皮は声が物質化されたものだ。それはなめらかな薄いエメラルドグリーン。その卵にヒビが入る。そして、卵が割れた。次の瞬間、卵のなかから七色に輝くとろりとした液体が四方八方に飛び散り、僕の視界を覆った。

次の瞬間。僕は、不思議な草原を眺めていた。

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