2014年8月5日火曜日

第7章 1番目の月 彼女の涙 粒は還る

1番目の月は地球を見ていた。1番目の月は地球を見ることが好きだった。青い地球を見ていると、自分の中にある何か得体の知れない感覚がざわめき出すのを感じた。1番目の月は、そのざわめきがなんなのかわからなかったが、目をつむり、そのざわめきに意識を向けていると、次第に、歌が歌いたくなることを知っていた。1番目の月は今日も歌う。


「地球よ」
作詞•作曲:1番目の月

地球よ 地球
青い星よ
別たれた影の名を知る星よ
明滅する光の速度は
音もなく星をかえりみる
狐は今日も空を飛び
蛙は今日も土を喰らう
七色鼠は宙を舞い
透明ガラスは走りゆく
あゝなんて愉快なこの星よ
何処までも続く青空よ
こどもは歌う星の歌
人は帰りし夢の跡
もう何処へも行かぬでおくれ
とどまることなき詩の光
末裔の時を経て帰りゆく
日々の無言は今なお続かん


1番目の月は信じていた。自分がかつて人であったと。あの日愛した女のこと。失くしてしまった家族のこと。日々の戯れ。喧騒。都市のなかをひた走る馬の群。1番目の月は目をつむり、今日も歌う。そして、思い出すのだ。自分の身体を構成する小さな小さな石の中に眠る記憶を。

石の記憶。








たゆたうように、白き光が木々の隙間に差し込んで、音もなく、風のゆらめきとともに私を照らす。

サルスベリの木の葉たち。風に揺られて無邪気に遊ぶ。さわさわさわ。風のこども。木の葉の舞踊が、地面に静かな影を生む。

私は、目を細めてそれを見る。
私の目に映るのは、木の葉と光の泡の群れ。私の眼は、視力が0.02しかないので、眼鏡を外すととてもじゃないが世界を見ることができない。そう思っておりました。しかし、どうでしょう。私の眼は確かに悪いですが、私の目はよく見えます。ほら、貴方も見てくださいな。

木の葉のひとつひとつは風に遊び
ちいさなちいさな緑色の光の粒となりて薄青い空のキャンバスの上をゆれ動いております。
数え切れぬほどの緑の光の粒が寄り集まり、おおきなおおきな絵を描きます。緑の光の粒の群れ。おおきなおおきな緑の絵よ。
そして、どうでしょう。見えますか。緑の光の粒と粒の間。白の光の粒が遊びます。私の目は、どちらの色をも見ることができます。貴方の目も、見ることができます。どうでしょう。綺麗です。
薄い青い空の色は、かつてここにいた、総ての者たちの哀しみの色でしょうか。彼らは死んでゆきました。みな、土へと還りました。土の中、ちいさなちいさな生物たちが、彼らを食べました。彼らのからだはちいさなちいさな粒になってゆきます。色とりどりのちいさな粒に。彼らの粒は、それぞれに還りました。彼らの哀しみは、水となり、水の粒とともに川になり、おおきなおおきな海へと還りました。

おおきなおおきな海には、すべての者たちの哀しみが溶けています。けれど、それは消えているわけではありません。彼らの哀しみは、目には見えない粒となり、今もこの海のなかに生きております。

太陽は、彼らの哀しみに光をあたえます。そして、彼らの一部は、空へと還りました。空は、だから、青いのです。空は今も青いまま。彼らの粒は今もそこにいます。寂しがりやな彼らは、ときに雲にも還りました。ふかふかの雲は空を優雅に旅します。まだ見たことのない街へと旅をします。そして、様々な哀しみを吸い込んで、雲はおおきくおおきくなって、何処かの街に雨をふらせます。

雨の粒になった彼らは、何処かの街の地面にその身を打ちつけて、土に還りました。土に還らずに、洗濯物に還る者もおりました。そして、わたしは、彼女の顔に、還りました。

一粒の雨である、わたし。
彼女は泣いておりました。
彼女の涙とわたしは、一粒に還りました。彼女は、泣き止みました。そして、空を見上げました。

空は晴れ
わたしは青
空は青
わたしは晴れ
彼女のこころは
わたしの
還りを
待っていました

0 件のコメント:

コメントを投稿