2014年8月11日月曜日

第10章 追憶 Ⅱ

僕はその日、幼馴染のともちゃんの家に遊びにきた。小学1年生の弟を連れて。ともちゃんのアパートは、うちからすごく遠くのところにあったので、僕と弟は、母ちゃんの車に乗せられてともちゃんの家にやってきた。母ちゃんは僕らをともちゃんのお母さんに預けて、「よろしくね」と言って、仕事へ向かった。母ちゃんがなんの仕事をしているのか僕は知らなかった。特に気にもしなかった。しばらく父ちゃんの姿は見ていなかった。父ちゃんは家に帰って来なくなっていた。どうして父ちゃんが家に帰ってこないのか僕は知らなかった。特に知ろうともしなかった。僕は父ちゃんのことをあまり知らなかったので、父ちゃんが帰ってこないことの理由もたぶん僕にはわからなくても仕方ないと思っていた。母ちゃんは車のエンジンをかけて仕事へ向かった。僕と弟は、ともちゃんの家で、みんなで遊んだ。今日はお泊りの日だ。着替えも持ってきた。わくわくした。そわそわもした。僕はお泊りが好きだったけれど、少しだけ苦手でもあった。


幼稚園の年長さんのときのお泊り保育の記憶が微かに残っている。薄暗い大部屋で、先生とみんなと一緒に布団を広げて、はじめてのお泊りの夜だった。僕はやっぱりわくわくしながらそわそわもしていて、その時どんなことを考えていたのかは、もうよく覚えていない。

僕が覚えているのは、薄暗い大部屋の中に敷かれた僕の布団の中で、年長さんの時の僕が泣いていた、記憶。

僕の視界は、部屋の角に固定されていて、僕は部屋の角から年長さんのときの僕を見ている。

年長さんの僕は、しくしくと泣いていた。みんなに聞こえないように、しくしくと。年長さんの僕は、飼っていたインコのピコちゃんが死んでしまったことを思い出してしくしくと泣いていた。ピコちゃんは、死んでしまった。ある日、突然、死んでしまった。あの日。僕は、ピコちゃんの冷たくなった身体を両手で抱きあげて、声をあげて泣いた。ピコちゃん。ピコちゃん。どうして死んじゃったの。ピコちゃん。ピコちゃん。どうして死んじゃったの。どうして。もう動かないの。もう、空を飛ばないの。からだがつめたいよ。ピコちゃん。いつもみたいに元気にバタバタと羽を動かして、僕の上を飛んでみせてよ。

ねえ、ピコちゃん
しぬのは いたかった?
しぬのは こわかった?
しぬのは いやだった?
いきていたかった?
ねえ、ピコちゃん
ねえ、ピコちゃん

さみしいよ

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