ともちゃんの家にお泊りをした翌日、母ちゃんが僕らをむかえにやってきた。母ちゃんは、ともちゃんのお母さんにあいさつをしていた。玄関のところで、すこしおしゃべりもしていた。僕は、あのときの母ちゃんの顔が思い出せない。玄関の扉から、少しだけ空がみえた。青い空と白い光で、母ちゃんの顔が霞んでいた。そして母ちゃんは、僕らを連れて車に乗り込んだ。
「これからね、岐阜のばあちゃんの家に行くのよ。ばあちゃん、ゆうたとりょうに会いたがってるからねえ。きっと喜ぶよ。」
僕は後部座席の弾力のあるシートの上に横になって母ちゃんのことばをきいていた。
弟は、いやだいやだと泣いていた。
僕は、わかっていたから、泣かなかった。
僕たちは、この町を出て行くのだ。
今日、この日。この町にお別れをするのだ。
もうたぶん、帰ってくることはないだろうと思った。
ねもちゃんとか、とりちゃんとか、まるちゃんとか、せっきーとか、
みんなとも会えなくなる。
さよならは言わなかった。
言えなかった。
さよならを言ってしまうと、
もう二度と会えないみたいで、
しんでしまうみたいで、
ピコちゃんみたいで、
僕は、さよならを、言えなかった。
母ちゃんと父ちゃんは、離婚をするのだそうだ。僕は母ちゃんからそれをきいていた。母ちゃんはていねいにそのことを僕に話してくれた。母ちゃんは、父ちゃんになぐられたりして、腕とか足とかに傷があった。痛そうだった。
僕は、車の後部座席で、母ちゃんの声を聞きながら、
車の窓でくぎられた、
四角い、ちいさい、
空をながめていた。
空は、あいかわらず、
とても澄んでいて、
あおかった。
僕らは、
はなればなれになる。
いや、ちがうんだ。
ほんとは、
みんな、
もともと、
ばらばらなんだ。
かぞくも、
ばらばらなんだ。
ぼくも、
おとうとも、
かあちゃんも、
とうちゃんも、
みんな、
みんな、
ばらばら、なんだ。
そらは
あおかった
どうしようもなく
きれいだった
ながれるくもと
まちのけしき
ぼくらは
ばらばらなんだ
ひとり
なんだ
ひとりぼっち
なんだ
あの日。僕だけの秘密基地の中で、見上げたブルーシートの空は、あおかった。
その日。僕だけの後部座席の中で、見上げた、ほんとうの空は、あおかった。
ぼくは、
ひとり、だった。
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