2014年8月11日月曜日

第11章 追憶 Ⅲ

ともちゃんの家にお泊りをした翌日、母ちゃんが僕らをむかえにやってきた。母ちゃんは、ともちゃんのお母さんにあいさつをしていた。玄関のところで、すこしおしゃべりもしていた。僕は、あのときの母ちゃんの顔が思い出せない。玄関の扉から、少しだけ空がみえた。青い空と白い光で、母ちゃんの顔が霞んでいた。そして母ちゃんは、僕らを連れて車に乗り込んだ。

「これからね、岐阜のばあちゃんの家に行くのよ。ばあちゃん、ゆうたとりょうに会いたがってるからねえ。きっと喜ぶよ。」

僕は後部座席の弾力のあるシートの上に横になって母ちゃんのことばをきいていた。

弟は、いやだいやだと泣いていた。

僕は、わかっていたから、泣かなかった。

僕たちは、この町を出て行くのだ。

今日、この日。この町にお別れをするのだ。

もうたぶん、帰ってくることはないだろうと思った。

ねもちゃんとか、とりちゃんとか、まるちゃんとか、せっきーとか、

みんなとも会えなくなる。

さよならは言わなかった。

言えなかった。

さよならを言ってしまうと、
もう二度と会えないみたいで、
しんでしまうみたいで、
ピコちゃんみたいで、
僕は、さよならを、言えなかった。

母ちゃんと父ちゃんは、離婚をするのだそうだ。僕は母ちゃんからそれをきいていた。母ちゃんはていねいにそのことを僕に話してくれた。母ちゃんは、父ちゃんになぐられたりして、腕とか足とかに傷があった。痛そうだった。


僕は、車の後部座席で、母ちゃんの声を聞きながら、

車の窓でくぎられた、
四角い、ちいさい、
空をながめていた。

空は、あいかわらず、
とても澄んでいて、
あおかった。

僕らは、
はなればなれになる。

いや、ちがうんだ。

ほんとは、
みんな、
もともと、
ばらばらなんだ。

かぞくも、
ばらばらなんだ。

ぼくも、
おとうとも、
かあちゃんも、
とうちゃんも、

みんな、
みんな、
ばらばら、なんだ。

そらは
あおかった

どうしようもなく
きれいだった

ながれるくもと
まちのけしき

ぼくらは
ばらばらなんだ

ひとり
なんだ

ひとりぼっち
なんだ







あの日。僕だけの秘密基地の中で、見上げたブルーシートの空は、あおかった。

その日。僕だけの後部座席の中で、見上げた、ほんとうの空は、あおかった。

ぼくは、
ひとり、だった。

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