2016年4月20日水曜日

これは18日の深夜0時13分、僕は岐阜の僕の部屋で、いい歌い手のことと禅のこと、鈴木大拙のことを考えたりしていた。

「いい歌い手ってのは、聴いてるといっしょに歌いたくなるようになる歌い手だってことに気づいた」

Tがぼそりと呟いた。

「うん、せやね」

僕はそう言ってうなずいた。



「いい歌い手」って言葉は誤解を招く言い回しかもしれないので僕はあまり進んで使うことはないけれど、そう言いたくなる歌い手というものはときどきいる。あまり多くはない。それは僕の個人的な嗜好もあるかもしれないけど、それでもやはりそう感じさせる人とそうでない人がいるという実感はゆるがない。実感には嘘をつけない。というか実感は嘘をつかない。少なくともそれはその時点時点においての確からしさを最も保証する。

その実感からひとつ考えてみよう。「いい歌い手」は「いっしょに歌いたくなる歌をうたう歌い手である」とのこと、僕はそれを聴き、それにたいしてうなずき、それに共感する。ふだん「いい歌い手」という言葉を進んで使うことはない僕でも少なくともそのうなずきの時点で暗黙的に僕のなかに自明のものとされていたひとつの基準というものが言語化され僕はそれに同意したということになる。いい歌い手の歌を聴いていると僕もその人とその場でうたいたくなる。というかいっしょに歌いはじめてしまう。いわゆるライブというものは演者と聴衆というものが二項対立的な主体として明確に区分されているためそうした「いっしょに歌いたくなる」という衝動が聴衆としての僕のうちにこみあげてきても、僕がそこで聴衆である場合にはその場の衝動にまかせて演者とともに歌ってはいけない、という暗黙の了解がいわゆるライブという場には設定されている。舞台装置というものの構造は二項対立的な主体「演者/聴衆」というその「/」を効果的に設定することに寄与している。

なぜ「いい歌い手」の歌を聴いていると聴き手はそれに導かれるようにして「いっしょに歌いたくなる」のだろうか。それは、「いい歌い手」は、その場において「歌う主体」という主体性の観念を融解させるまでに深々と音楽の場に官能しているからだ。シャーマニズムにおける変性意識状態のことを考えてみるとこのことは理解しやすくなるだろう。変性意識状態に入り込んだ歌い手は、個体としての日常意識状態から解放される。モノとしての身体はそこにある場としての溶けだして、歌う呼吸とともに場と身体の境界面にたいする意識もまた溶けだしてしまう。そこにいるということがもはや意識されることのない無意識の状態。そのなかで歌い手はうたうのである。
ところで、仏教哲学者である鈴木大拙は禅的なるものの本質に「無分別」ということを述べる。無分別。それは分別と対比して用いられる言葉である。分別のある人間というのはつまり理性的な人間のことをさす。それに対比するならば、無分別な人間とは理性的ではない状態の人間であるとひとまず言える。理性的ではない状態を「野生的な状態」と呼んでも大きくは間違っていないだろうと思われる。それはまた「動物的」でもある。分別とは字義通り、分けること、そして、別れることであり、それは言語の持つ本質的な性向としての分節性をさすものである。人間は言語でなにかを分けることで分かり、たとえばそれが石であるならば、石という言葉でそれを名づけ、その本質をそこに換気し、その本質とともにその対象を自己から分ける、あるいは自己が石と呼ばれる対象から別れることによって、石というものを認識することになる。言語の分節性というものはその意味で対象からの別れを意味するのであると言える。構造主義的な文脈でそれを述べるならば、自然界の摂理としてのピュシス=自然の法から追放された言語を有するホモ・デメンス=錯乱する人間であり、ピュシスからの追放がもたらすカオスの力学に対抗するために言語による象徴秩序を形成する、ということが言えるだろう。が、大拙が述べる、禅的なる思考、それは、思考の放棄とも言える事態としての無分別を肯定する志向として、構造主義的な知のありかたに真っ向から否をつきつけるものであると言える。禅的なるものが無分別の知というものを説くのはなぜか、それは、カオスからコスモスをつくりあげる人間の象徴秩序の網の目というものが本来的な秩序、つまり、意識の自然状態としてのピュシスに匹敵することのない仮初めの固定化された構造であることをラジカルに見出し、人間の意識の安定を補完する言語的な象徴秩序をあえて裂開することで、悟りへと向かう道を歩むのである。なぜ安定的に見える秩序の網の目の崩壊を禅的なるものは目論むのか。さきほど述べた言語の本性に深く関わる。言語は分節する。それは分別の知である。言語を使うことで人間はその瞬間にすでになんらかの仕方で線を引き、自己なるものの線描をも確定し、そこから別れる対象なるものをそこに知覚し、孤立することになる。禅的なるものの本性はそれを否定し超越する。言語の境界線はニというものと深く結びついている。分節は二元論と結びつく。私と他者。それらをニとして分ける線、「/」に言語の本質的な機能がある。この「/」を、あらゆる場面から一握にして消し去ること、そこに禅的なるものが志向する無分別状態というものが体現されるのである。

今日は20日、これはたしか数日前の夜、風が騒ぐ夜のこと、それは今も。

風が騒ぐ夜は
うちへ帰りたくないよ
みんな
寝言いってる夜は

どんどがかつてこんなふうに歌っていた。その歌を僕は知っている。いろんな人がその歌を歌っている。僕は知っている。僕も時々ふとその歌をうたいたくなる。そしてギターをつまびきながらその歌をうたっている。

俺たちゃ
車飛ばして
海の見えるほうへ

僕は車を走らせて閉店前の三洋堂書店にDVD三枚を返却して、いま僕はファミリーマートの前に設置してある灰皿の横にヤンキー座りをしながらアメリカンスピットのタバコを一本ふかしている。外はすこし寒い。昼間はとてもあたたかった。庭で日光浴をするのがきのうからの僕のお気に入りだ。太陽の光が庭にさんさんと照り、僕は庭石の上に裸足で立ち、おでこのあたりを太陽にまっすぐに向けてからだの力を抜いていく。太陽の光はすごい。部屋のなかでどれだけ力を抜こうと努めてみても抜くことのできない余分な力を太陽はすぐさま見つけ出してからだの軋む部分をほどいてくれるのだ。僕はいつも太陽に感謝する。ありがとうお日様。あんたのおかげで今日も俺のからだはよく伸びる。ねじれた糸もすこしずつほどけていく。あんたはなんで俺のからだのうちがわのそれこそ俺も知らないようなところのねじれや澱みをこんなにも簡単にていねいにほどくことができるのか、それはとてもすごいことだ、僕もそうすることができたらいい、と僕はいまそんなふうに昼間の太陽のことを思い出している。いまは夜。太陽はここにはいない。

からだが軋む音が聴こえる。それは僕のからだの音で僕にはそれははっきりと聴こえているのだけど、それはどうやらほかのだれかには聴こえない種類の音というものらしい。試しに訊いてみたりもする、いま、俺のからだのこのあたりがミチミチと音を立てている、聴こえる?

聴こえない、らしい、それはそうだ、そんな気もする、それはとてもちいさな音だから、そしてそれは僕のからだのうちがわの音だから、それは僕にしか聴こえない種類の僕だけの音、なのかもしれない。そうではないのかもしれない。ほんとうは、それは、よく耳をすますことができれば、それを聴く耳をもつ人が聴こうとすれば、それを聴くことができるという種類の音なのかもしれない、が、それはいまの僕にはまだよくわからない。それを知るには僕は僕のからだのミチミチやギシギシやチリチリといった筋のねじくれる音を聴くことのできる僕以外の人間に出逢い、その人がその音を聴いて、ああ、これはミチミチやギシギシやチリチリといっているねとそれを聴いて、僕はその人のその言葉を聴いて、それで、ね、そうでしょう、そうなんだよ、でもあんた以外の他の人にはどうもこの音は聴こえないらしい、僕はずいぶんと前からこのギシギシやミチミチやチリチリというようなねじくれの音をからだのうちがわに毎日聴いているのだけど、それを僕以外のだれかが聴こえるということを言ったことを聴いたことがないんだ、でもあんたにそれが聴こえるならばそれはほかのだれかにも聴こえる種類のものなのかもしれない、それはあんたにはそれが聴こえたのだからそれがあんた以外のだれかにもそれが聴こえる可能性というものがそこにあるということを示すものだとひとまずは言えるだろうから、僕はあんた以外のほかのだれかにもそれを聴かせてみようかなとあらためてそんなふうに考えてみたりもするよ、それはもうあきらめていたのだけどあんたと出逢えたことでそういうことの可能性をもういちど信じてみることができそうだよ、うん、そうしてみようかな、それが聴こえるなら、あんたには。

九州熊本の周辺が大変なことになっている。いろんな人たちがそれを心配している。僕も時々ニュースなどでそれについての情報を集める。iPhoneが深夜によく鳴る。僕のiPhoneはバイブにしてあるので音はiPhoneの震える振動音だ。それが何度も何度も鳴る。ブブブ。ブブブ。ブブブ。ブブブ。ブブブ。ブブブ…

僕が寝ているあいだも断続的にそれは震えて鳴り続ける。ブブブ、ブブブ、ブブブ…

想像する。想像する。想像する。
見る。想像する。見る。想像す…

受けとるものがある。受けとるもの、それはいろんなしかたである。

ニュースは見過ぎちゃいけないよ

原田郁子さんがなにかの歌でそう歌っていた、そう、ニュースは見過ぎちゃいけない。

ニュースが飛び交っている
ニュースが流れている
ニュースがひしめいている
ニュースがこだまする
ニュースが、ニュースが、ニュース…

またすこしとらわれる。
それはなんだ。
それは力だ。大きな力。
困惑するばかり。僕はギターを弾く。よくわからないコードを手がおさえている。僕はギターを弾く。よくわからないコードをよくわからないふうに手が弾いている。僕はギターを弾く。ギターが弾かれる。ギターが音を鳴らす。ギター。それは僕のはガットギター。はらわたを弦をむかしは張られていたギター。いまではそれはクラシックギター。クラシック。なんだかあんまり好きじゃない響きだ。ガットのほうがいい。僕はガットギターを弾く。ガットギター。そいつは音を鳴らす。響かせる。音が鳴る。風。

風の吹く日にはギターをよく弾く。
あの日もそうだった、風の強い日。風の強い日には風に吹かれる、そして僕は風に翻弄される、あたまが痛む、眩暈がする、イリンクス…

イリンクスというのはロジェ・カイヨワが遊びの4大要素のひとつとして取り上げて分析したものだ。それを僕はまえに本ですこし読んだ。イリンクス。それは眩暈。眩暈がする。この文章を書きながらも、また、すこし僕は眩暈がする、

風がさわぐ夜は
うちに帰りたくないよ
みんな
寝言いってる夜は

風に巻き込まれて僕はそのままにギターを弾く。眩暈がする、とまらない、眩暈がする、かえりたい、かえりたくない、眩暈がする、とまらない、

グルーヴ、回転はとまらない

そんな声をまえに聴いた、
いつだっけ

僕はそのとき三鷹にいた。
僕の部屋にはうっすんとなみっきーがいた。

僕は声を聴いた。

グルーヴ
回転はとまらない

風に巻き込まれてそのままにギターを弾く僕は風に巻き込まれてそのままにギターを弾くのでそれは風がギターを弾いているようなしかたでそこに音が響く、

グルーヴ
回転はとまらない

回転はとまらない、眩暈がする、視界がまわる、ぐるぐるぐるぐる、それはどこか軋みに似ている、やわらかな軋み…

僕はいまファミリーマートにいる。そのまえにいる。そろそろ帰らなきゃ。外はすこし寒い。春だけど夜は寒い。今日はすこしからだが痛む。今日は?今日も?だっけ、よくわからない、痛いのと痛くないのとよくわからない、どこからが痛いのかもうよくわからない、38.5℃の体温、その体温のなかにいる風邪をひいた僕のからだのなかのほうが僕はふだんの僕よりもからだとしては楽だったそれは去年かおととしの夏のはなし、だと思う。思う。なにを思っているのだ俺は。

風がさわぐ夜はうちに帰りたくないよ

そうな  すこし  帰りたくない

みんな寝言いってる夜は

みんな寝言いってる夜はなんだか愉快じゃないか、それは嫌いじゃない

寝ている人はみんな好きだから

フィッシュマンズ
この歌詞を僕はよく覚えてる

寝ている顔が一番好きだから

寝ているとみんな静かだ

寝ていても揺れている。
あ、また、揺れている。

ふとももに風が吹く。
目の前のフラッグが風にゆれている。僕は立ちあがる元気がない。なんだかすこし疲れている。

いま、ひとり、
僕はファミリーマートのまえ。

ここから海は見えない。

2016年4月15日金曜日

《断章》 息・主体・僕という言葉への不信と名指しの力学からの脱却的思索

息をすることで生きている生命がいる。それは人でもあり動物でもあり息をすることで生きている生命がいる。それは無数にいる。それぞれは人、や、動物、という言葉で分けられている。言語の分節化作用というものがある。井筒俊彦氏の著書『意識と本質』という書にそれは詳しい。本質喚起作用。人がある物を、対象を対象として認識する、その時に、いわゆる意味での意識というものをしなくても僕は僕の眼に映る”それ”がどのような本質を備えたものであるのかということを”知ってしまう”。それは意識と結びついた言語の分節化作用、海の波のように絶えず揺れ動く流動体のなかにしかないものをも固定化する、そこに、もの、がある。ものの本質。それがそれ以外ではなくそれである、ということ。そのことの不思議というものはいつもどこにいても感ずることができる。なぜそれはそれなのか。それはいつまでたっても不思議な問いとしてある。

なぜこのかたちなのか、ということを問わざるをえなかったヒトはどれほどいる、いた、だろうか。なぜこのかたちなのか。そして、なぜこの名前なのか。僕は僕という言葉に回収されながら僕という人間のことを僕として書き読み、僕は僕であるらしいことを意識させないようにまで僕が僕とこうして書くことには不思議さがないように思われる、というふうにして僕という一人称の奇妙な在り方は当たり前のものとして文章に現れる。それはいまは書き手をさす。それが小説と呼ばれるものなど、書き手としての私ではないところの誰かであるところの僕であるならばそれは別の僕であり、僕はそのとき私に書かれることで存在する僕であると言える。とこんなことを突き詰めてなんになるという気持ちがありながらもしかしそうした僕という僕の呼称の不思議さを抜きにして僕たちは僕たちの創作について語ることは不可能なのであると僕は考えているようである。

「みずからの名において何かを述べるというのは、とても不思議なことなんだ。なぜなら、自分は一個の自我だ、人格だ、主体だ、そう思い込んだところで、けっしてみずからの名において語ることにはならないからだ。」

ジル・ドゥルーズは『記号と事件』においてこのように語る。「みずからの名において語ることにはならない」この自覚を抜きにして本来的には書くことはできないのではないかと僕には思われてしかたない。

それは語ること、ばかりに限らない。前断章においてすこしふれた絵画、音楽においても事態は変わらない。

描く主体、書く主体、奏でる主体、歌う主体、踊る主体…あまたの主体がありうる。しかし、そこで言う主体というものはなにか。それを問うことが必要である。なぜか。主体とは〈線〉よって裁断されたものだからだ。主体という言葉もやはり言葉でしかないのである。

生きているもの、生命は流動体である。それは流れている。たとえば時制的秩序(これもまた言説である)のなかでは「流れている」という動詞をもって語られるものである。「流れている」という動詞もまた言葉ではあるがそれがなんとか指し示そうとする現象そのものはたしかにそのようにしてある、とはこのように説明はできるものではある。身体における「流れ」というものは生滅にも関連する。不可知の数の細胞群が絶えず動き活動し、「死んでいく」。そうして身体組織は循環を繰り返して生成変化を続けていく。身体の同一性というものは1秒も持続しないものである。がゆえに、生きている、と言える。だから、生きているものが行う行為はかならず、どれだけ同じようにしようと意識してみても、ズレる。ズレるゆえに生きていると言える。そのズレ。そのズレが重要なのである。

息をする。息を吐く。その日常のささやかな運動、生命を持続するために必要な気体を体内に流し込み循環させる無意識的な活動、そのなかに、当然、微分=差異化は生じる。「息をする」と言葉にすればその動詞はあらゆる「息をする」という行為を同一性のもとに回収し、「息をする」という行為を同一のものとして認識するよう仕向けるが、人が息をするとき、はたしてその一回一回の息は同じ「息をする」という言葉に回収されるものだろうか。否。それはありえない。物理的に考えるならば、同じ気体の量を吸い込むということがまずありえない。肺の筋収縮もいつも同じではなくいつも違うものであり、その時々に吸い込まれる酸素の量、また、「新しく吸い込む」というその都度の酸素の新しさからしてすでに同じ呼吸は異なる呼吸としての連続性のなかにしか現象しえないものだと言える。息をすることで生命はなにをするか。そこで吸い込んだものを体内に取り入れる。まさにその瞬間にすでにして身体は新たに組成されているのであるからしてその一回一瞬の息のうちに僕は僕という同一性からすり抜ける身体の流れのなかにいて、僕は僕として名指されようともすでにその先に名指された僕とは異なる身体をもつ僕としてしかその瞬間には僕はいないのである。とすると、僕という名で指し示す僕ははたしてだれだ。ということになる。このことを考えてみることが、ひとつ、地震と音楽と、それを体現する身体としての僕、主体なるものを考え、転覆させるひとつの視点につながるものであろうと思われる。

《断章》 地震・記憶・振動・夢・海… 地震計としての絵、そして音楽

2016年4月14日、熊本で大きな地震が起きた、というニュースをTwitterのタイムラインで見て知り、僕はテレビをつけた。震度7という数字。数字だけを見ても実情はわからないし、普段はあまり数字というものを気にしない僕だけど、地震というものにまつわる「震度7」という記号表記、あるいは「7」という数字には、すこし、動揺させられた。それはかつての阪神淡路大震災や東日本大震災にまつわるテレビ報道に見られた記号表記であり、同じ事態が生じたわけではないのだけれどその記号表記を介して僕の脳内にはかつてのそうした崩壊した土地のニュース映像や避難する人々の姿、大地を押し流す途方もない力をそのままに眼前に見せつける津波の映像、など、すでに断片化されたであろう映像の記憶のパラフレーズとともに、語られる言葉や直面させられる映像がもたらすもの、そして東日本大震災の場合にはとりわけ生々しく自身も体感した(僕はその日東京にいて就職活動をしていた、受けていた会社は確かP社であり、僕はその時その会社の説明会に参加しており、その会社の本社の地下一階の大部屋が何の前触れもなく突然大きく揺れはじめた、ということをこれを書きながらすこし思い出している)あの巨大な振動。それらの記憶は記憶であるがゆえにすでにしてつねに歪曲されているだろうし、こうして書きながら思い出してみたところで、エクリチュールは不可逆圧縮としてしか表出されえないという原理的な問題も相まって、僕はあの時の僕の体験や記憶そのものをそのままにまるごとに全的に言語化することは不可能だ、けれどもそれでもなおいまここにいる僕がある種の遠い感触としてそれらに触れているかのような、もはや聴こえなくなってしまった声を聴こうとしているかのような、そんな不確かで不安定な足場、もはやいまここには失われてしまった大地の上に立ちながら、ふと、あれらのことを思い出し、パスカル・キニャールの語る「書くこと、それは失われた声を聞くことだ。それは謎の言葉を探し当て、その答えを準備する時間を持つことだ。」という言葉を思い出したりしながら、僕はこれからどんな謎の言葉を探し当て、その答えを準備する時間を持とうとしているのか、などと戯れに考えてみたりもする。〈失われた声〉を聞くことはできるだろうか。すくなくともそれは聞くというよりは聴くに近いしかたで、あるのではないかと僕には思える。

今朝方、目を覚ましたとき、僕はいつものようにTwitterにtweetをした。今朝は5tweet。この頃は連続でtweetをすることが多い。特にそれについて決めていたり考えがあるわけではない。ただいつもその時々の僕がしたいようにさせている。それが最近はそうだ、というしかたでしか、僕にはそれはわからない。Twitterの仕様は140字を1tweetの文字数として制限しているのだからその文字数制限にしたがって文字をおさめればいいものを、と、僕は僕の行為にたいして時々は思ってみたりもするがそれはそれとして聴き流し、僕は僕が勝手にそうしているその勝手さにある種の信頼を寄せていたりもするのだ、と、こうして書いてみることでそう思っているのだとあらためて知ってみたりもする。(「この頃は、〈森化〉してきたからか、論理言語ではなく象徴言語を使うことが増えてきた」とは以前僕がそのようにつぶやいたこと。そのtweetを探し出すのがいまはめんどうなのでそのtweetの内容を僕はいま想起して、その内容を、正確にではないがここに引用した。過去のtweet、過去の僕、過去のそうしたものはすでに他者、僕でありながらもう過ぎ去った僕なので、それは僕でありながら僕ではない、けれど僕であるらしいというという感触で僕が向き合う僕である。)

今朝はこんなtweetをしていた。
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さっき目を覚ます前、ひとりの女の子とはなしをしていた。彼女が誰なのか知らない。僕はその時久々の再会を果たしたらしい彼女の名前を忘れてしまっていたけれどそのことを彼女には言えずごまかし笑い、彼女の名前にヒとトという音が含まれていたことだけは覚えていたのでそれを頼りに思い出そうとした。
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動揺を隠しきれてはいない僕の顔を見ながら彼女は音楽のはなしをしたりした。ジュニア・ケニップという音楽家が好きだと彼女は語り僕もあれは好きだとそう答えてその音楽を知っていたはずだけど今の僕はその名前を知らない。けれど音の波動の残響はかすかに聴こえる。
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さっき会ってはなしをしたその女の子の顔ははっきりといまも覚えている。顔だけでなく姿かたちも。けれどいまの僕はその人とこの目が覚めた現実では一度も会ったことがないことをたぶん知っている。知っているようで知らない女の子と知っているようで知らない音楽と。はざまで揺れている。
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なにかがいまも残っている、それが響いている、そして動揺している、それがなんなのかはよくわからない、そういう揺れのなかで真っ黒な泡と波を立てるコーヒーを飲んでいる。流体力学のギャラリーの動画はおもしろかった。僕はあのてのものに弱い。揺れ動くものに惹かれてしまう。それがなぜか知らない
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絶えず揺れ動いているはずのところにあるそれとはきづかないおだやかな日常に暮らすなか、時々飛び交う流体、残響のなか、揺れ動く土の波動の巨大な力のことを想い、壊れてゆくものたちを想像する。地が震える、動揺する。ふいにかけられたいつかの声の残響に動揺しながら、揺れて、いまいる。
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いまこうしてここに文を書いている僕にはもう今朝方の夢は遠い。それはもう感触も朧げな夢の記憶。僕はそれを思い出すこともできる。しかし思い出してみたところでそれはもうその夢自体ではない。前回のBlogでは「綾なすことについての思索」というタイトルをつけて、複数のtweetと中島智さんの本の序文を引用してまとめた。Twitterのタイムラインというものはその名の通り時間を時制的秩序としての〈線〉にして表示するものであり、時制的秩序にしたがう意味での「時間」というものはiPhoneの画面を指でスクロールすることで見えない場所に過去のtweetが流れていくようにどんどんと流れていく。時制的秩序としての「時間」は流れるという動詞とともに思考されるものであると言えるのだろう。時計の針が時刻を示す。いまは17:38。と書いた瞬間にはもう17:39の数字表記に。時間は絶えず数字という記号表記とともに変化しつづける。それは流れ続ける。そうふうに考えられている。東北の大地に流れ続けたあの津波の映像。僕はその津波をこの目で直に見たわけではない。あくまでカメラの切り取ったニュースの報道映像としてのそれを見た。それを覚えている。その映像のなかでは津波は流れ続けた。流れ終わるところまではその映像は続かず、流れ続ける津波の姿をながめていたらニュースは画面を報道室に切り替えた。あの津波は僕の知らない時間のなかで、僕の目には見えない場所でおそらくは津波と呼ばれるもの、その流れ、その運動をやめて、水として、…どうなったのか知らないことを書くのはやめにしよう。しかしいまはどうやら流れ続けることはしていない、復興作業は続いている、波はそれゆえおさまった、らしい、ということまでが僕の知りうる津波の終わり方だ。僕が思い出すときそれはいつもあの流れ続ける映像とともにある。それは流れ続ける。思い出すたびに。

夢のなかの女の子は誰だったのか。そんなことを考えてみたところでそれは永遠にわからない。あの女の子のことを僕は知らない。なぜなら会ったことがないし、そんな人はいないからだ。しかし夢のなかで僕はその人に会った。会えるはずのない人に会った。会える会えないの以前に彼女はどこかにいるのかいないのかそれさえも知りえない人なのだけど、彼女は夢のなかの僕に話しかけていた。そこはどこかのデパートだった。僕と彼女はエスカレーターの前で再会した。再会した、ということになっていた。僕は彼女に以前どこかで会ったことがあるらしかった。その証拠に僕のiPhoneには彼女の連絡先が登録されている。しかし彼女の名前を正確に思い出すことができない。僕は彼女の顔、姿形を見た瞬間に、その記憶を想起しようと試みた。あれはいつのことだったか。彼女の名前。僕は思い出そうとする。しかし思い出すことはできない。ヒとトという文字の表記が脳裏に揺れる。あれはiPhoneの連絡先の登録画面だ。僕は確かに彼女の連絡先をiPhoneの電話帳に登録したのだ。だから僕はその画面をかすかに思い出すことができる。しかしその画面の表記は朧げで僕はその画面から彼女の名前を正しく見てとることはできない。ということになっている。それは夢のなかでの記憶の想起のはなしであり、僕はおそらく彼女の連絡先を登録などしていないし、こうしていま文を書いているこのiPhoneには彼女の連絡先は存在しないはずだ、なぜなら僕は彼女に会ったことがないのだから。すくなくともこの物としていま僕の左手が触れて画面にこうして文字を書き連ねている僕というものは。

彼女の顔はとても綺麗だった。僕はいまもその顔かたちをよく覚えている。とても綺麗な子だと思った。歳下だということは覚えていた。いまの僕も思い出せる。それをなぜ知っているのかは知らない。彼女は、「忘れちゃいましたか?」と僕に話しかける。僕は「忘れるわけないでしょ」というふうに笑う。ごまかし笑いだ。わかっている。けれどそうせざるを得なかった。なんとも意地汚い男だ。

彼女の言った音楽家の名前をいまの僕は知らない。そんな名前の音楽家をきいたことがない。どこかにはいるかもしれない。細野晴臣さんはある夜の夢のなかでルイス・ボンファとジョアン・ジルベルトがすごいぞということを見て聴いて、目が覚めてからそれらの音楽を聴いて、その素晴らしさに目がさめる思いで、彼のアルバム「Hosonova」は、その夢の影響下、つまり、ルイス・ボンファとジョアン・ジルベルトというボサノヴァ黎明期の偉人二人の音楽をベースとして触発されたものとして新たにつくられたものだった。僕はそのアルバムがとても好きで何度も繰り返して聴き、ルイス・ボンファという音楽家の音楽にはそのアルバムを通して出会ったことになる。そうした音楽との出会い方もある。夢のなかの女の子が語ったあのジュニア・ケニップという音楽家ともいつかそんなふうにこの現実で出会うこともあるのかもしれない。それはわからない。もし出会えたら彼女に感謝しよう。夢のなかでは僕はあの音楽を聴いたことがあった。「あれはとてもいいよね」と僕は彼女に話した。僕の脳裏にはその音楽のアルバムのアートワークが見えていた。黒いサングラスをした白人女性、すこしウェーヴィーな黒と茶色の合いの子のようなセミロングの髪が肩まで、そしてその女性は左を向いていた、その写真がそこには使われてあた。それ以外のデザインはいまの僕にはうまく思い出せない。あれはiPodの画面に映るアートワークの記憶だ。僕のiPodにはそんなアルバムはないのだけどその時はそれはそこにあり、僕はその時点での僕から見た過去にその音楽をiPodでプレイしてそれを聴いていた、ゆえに僕は夢のなかの女の子と話をしながら僕はかつて僕が耳にしたその音楽を脳内再生していた。あれはいい音楽だった、と、いまの僕はそれを思い出す。断片的に。その余韻がある。残響がこだまする。遠い耳の感触。それを聴いたことのない僕にとって、それを聴いたことがある僕のその耳の記憶をいまこうして言葉にしているというときの、その音の記憶の想起とは一体なんなのか。あの女の子にはまた会えたらいい。なんせとても綺麗な女の子だ。白いシャツワンピースがよく似合っていた。彼女は誰なんだろう。彼女は、いる、のだろうか。見たことのない、いるかどうかもわからない、けれど鮮明に視覚情報として覚えている、人の顔、というのはなんなのか。それは人の顔なのか。不思議さは消えていかない。

地震と音楽は似ている。そう僕はtweetを閉めた。それに呼応するようにして中島智さんがtweetをしていらした。それはこんなtweet。

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「なぜ絵を描くのか。違った環境の中で自分がどういう反応するのか自分で確認したい。」日比野克彦 | timeout.jp/tokyo/ja/art/i…
これはよく解る。無意識の変動を計測する、地震計としての絵画。
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僕はこのtweetに共感する。僕も年明けから絵を描いていた。拙い絵だった。別に評価されもしない。けれど描き続けていた。理由はよくわからなかったが確かなことのひとつはまさにここにあった。「無意識の変動を計測する」こと。

今朝方の僕のtweetを思い出す。地震と音楽はすこし似ている。なにが似ているのか。それは、音楽する人間としての僕の「無意識の変動」のなかに僕はいて、その「振動」は絶えず揺れ動き変わり続けるということだ。音楽をすることのひとつは絵を描くことと似て、つまり、

「なぜ絵を描くのか。違った環境の中で自分がどういう反応するのか自分で確認したい。」

と類同して、

「なぜ音楽をするのか。違った環境の中で自分がどういう反応するのか自分で確認したい。」

ということはすくなからずあるものであって、その感覚というものは、絵画や音楽という、名付けられたメディウムの境界を越境して通底するものであろうと僕は感じておりそのように考えている。

〈地震計としての音楽〉

身体を固定化した境界として捉える思考を僕はとらない。身体は流動する。日々、生成変化を繰り返す。絶えず微細な運動性のなかに明滅する。ドゥルーズ=ガタリの言葉を借りるならば、それは時間という不可逆性の流れのなかで刻一刻と微分=差異化を繰り広げる。生きている身体というものはつねにそうした運動体として、マッスな言語の固定化作用からすり抜けるものであり、リニアルな線形思考の網の目で捕獲したと思った次の瞬間にはその網の目からさらりと零れ落ちてしまう海水のようにしてあるものなのだ。

穏やかな海の風景を覚えている。大学時代。江ノ島までは原付を飛ばして30分で行けたから僕はよく江ノ島の海をながめにそこへ出かけた。海はいつも同じように海であり、同時に1秒として同じ海のかたちをしてはいなかった。僕の視界に無数の波がたち、砂浜に近づくとそれらは波と呼ばれるものをやめて海となった。もちろん波も海の一部である。海水があるから波がたつ、というか波は海水の波動の運動性の顕現としての現象であるからして、それらを切り離して考えることはできない、が、僕たち人間は名づけることを知っており波という言葉を持っているのでそこに生じる波を波という言葉とともに認識することもできる、が、それは同時にひとつの波を含みこむ意味での海という言葉で名指すことのできる海というものでもある、が、その名前もまた海というもののすべてをさすことできるものではないことまた確かであり…ということは書き続けていくときりがないのだけど、そういうふうにしてしか、つまりはある境界に線を引かなければそれを名指したりすることが僕たちには、すくなくとも僕にはできない。身体、という言葉も同じようにしてある。それは皮膚の境界だろうか。おそらくは違う、というふうに僕は考える。皮膚の境界は肉体というほうが近い。肉は肉としてある、が、身体という言葉を使うとき僕はそこに流れというものを見る。ようだ。なぜか。身体という言葉を使うとき僕はそれを〈生〉と結びつけて考えるからであり、〈生〉と結びつけられて思考された身体なるものは、すくなくとも、息、と結びついている、と思われる。息、の定義を引きずり出すとまためんどうな話にはなるのだけれど、ヒトはすくなからず息をしているかぎりにおいて「生きている」と判断される、それは西洋医学的な生死判断の一決定基準であるが同時に東洋学者 白川静氏の考えるところの〈生〉と〈息〉という漢字の同根性、つまり、”いき”という音節からなる二つの漢字の語源の根は同じくしてある、というところからも、東洋では〈生〉と〈息〉とは深く結びついたものとして思考されているという東洋的生命観、に即してみてもそれはひとつ、思考に値するもののようにも思われる。それはさておくとしても、「音楽する身体」というものを考えるにあたり、こうした〈生〉や〈息〉との関係を抜きにしては語れない。

時計は18:42。
晩飯の時間だ。
断章のひとつをここで裁断する。


2016年4月14日木曜日

綾なすものについての思索

夢見のしかたやギターの弾き方、うたのうたいかた、コーヒーの淹れ方。その他もろもろ、このごろは、うちの人にすこしずつ、必要なときに伝授したりみてもしているなかで、その、教えるという過程のなかで、自分がもはや暗黙知として当たり前の底に沈めてしまっていることに気づかされることは多い。

いわゆる弟子入りのようなものをせず、自分に必要なものをそのときどきに、必要だと思われるしかたで、つまりは、その時々の自分のリアルとして、そこに向き合うことばかりをしてきたので、他者に向けた言葉というものをあまり耕してはこなかったというのはあるように思う。

至った人間などおらず、教えることを通して我が身を他者にぶつけて裂開をもたらし、そこに、すでに忘れてきたものを新たなしかたで見るということ、そこに言葉が浮遊するということ、そしてその伝達のなかで削ぎ落とされつつも伝わるもの、そしてまたそこから学ぶもの、確かに多くある。

つまりは教えることで教えられている。それに気づくことが増えてきた。というのはある。そういう時期にはきているらしい。無数に繁茂する森のなかを逍遥することはそもそもの快楽なのだけれど、それとは違う位相においての学びのしかた、というものが、そこに他者を導きいれてくれるというその時のこと

どこまでも暫定的な、固定化でしかないところのものを、それが固定化であると知りながらもそれを手渡すというところへの、責任への微細な逡巡。なのかもしれない。書きかえられ、織なおされるもの。それでもなお。一部の織物。形。ゲシュタルト。関係を結ぶ固体。個体。どうも、避けてきたきらいがある

それでもなお、そうしたものを贈られるなかにいつづけていることもまた、とても確かなこと。それと同様にして、と、思うものだが。未熟も未熟で、無知も無知であるところのものが、遺すことなど畏れ多い、というのは、いらぬストッパーであろう、とも、思えるのだが。不思議なものだ。

「  講義というものは独白に近いものである。そもそも発話というものは他者を前提として成り立つものであり、仮設された相対化において可能なものとなる。
  私は元来、複数の他者を前にすると言葉を失うという性向をもっている。というのは、いずれに向けて自らのペルソナを相対化すべきかがわからなくなるのである。いわんや講義をや、というのがまず私の最初の壁であった。あらかじめノートを用意することにしたものの、私の思考は私の中では当たり前のこととして言説化することの難しいものであることが明白になるばかりであった。そこで私が仮設した他者とは、私がこの十余年にわたって記してきたフィールドノートに現れた過去の私自身であった。つまりここでも私にとって当たり前のことは埋もれたままになっているのである。とはいえ、フィールドノートというものは生々しいその各々の場所の記憶を刻み込んでいるものであって、いまだ未発なる無自覚な観念を含むものであり、その「経験」を現在において想起する過程で何かしかのズレを生じさせるものであった。そこに私は相対化と他者性の可能性を見つめながら、やっとのことで言説化の道を探ったというのが実状である。(中略)ところでこのような私の発話は、ちょうど膨大な神話を記憶した巫師が、その中からその場に有用と思われる記憶を、地上に描かれたランダムな線や備忘録として描かれた絵文字や記号をとおして想起する行為と表面的に重なって見えるものでもあった。
   しかも講義の手法は語りであって、エクリではない。巫師においても語り(時として騙り)はもっとも基本的かつ重要な手法であって、そこにおいては固定したエクリのオリジナリティは存在せず、何よりもその語りそのものが常にオリジナリティを帯びるのである。
    ただし始めに述べたように発話は他者によって成り立つという条件はここでも揺るがない。ただ、そこにはある緊張した儀礼的(非日常的)な空間を共有する必要がある。(中略)総じて私の言説は私の直観の仮初の姿であって、言説化には、直観に因って捕らえられた世界の各位相が、有機的に連繋して織り成している関係性の綾の重要な糸を、断ち切る作業を伴うものである。そこで私はこれを少しでも恢復させるため、全体的に言葉によるモンタージュ手法を意識しながら言述した。それ故、私のそれは一見論理的には矛盾と映るものも含まれる可能性が高いのだが、願わくば私の言説を支えている生々しい直観が直観されることを、というのが私に残された唯一の思いであることをここに記しておきたい。」中島智『文化のなかの野性』序


ふと読みかえす   なんて誠実な序文だろうと   感嘆する   こういうふうに言葉にする能力さえ僕にはないのだけど   少なくとも同じようなことをいつも思い考え躊躇い   それでもなお   と思ってみたり   書いてみたり  する   エクリとパロールの差異はあれど  言説の困難


その困難にむきあいながら   ふらりと僕はどうもこのごろ   蜘蛛と雲のことを眺めていたりした   綾を断ち切る作業について考えては   池のほとりに白い糸を張り巡らせてみずからの生きるための巣を織る蜘蛛の生命のありかたをそこに裏返して見ていたり


小さな虫がそこに飛び込み捕らえられたまま死に絶えるその死骸の姿かたちをまなざしてはその死を想い   それを捕食する蜘蛛と餌との関係の糸を見ては生命の連鎖を想い   動かなくなった死骸と見えるその餌ははたしてほんとうにいつ死んだと言えるのかとその以前と以後を想い


僕の手が触れてすぐにその糸は僕の手に絡まり   僕はその糸の端を人差し指と親指で摘んでそれをひっぱると   糸は簡単に切れてしまい   僕の手によって断ち切られた糸はそのままぷらぷらと宙空を舞い   蜘蛛はせかせかと動きはじめてまたそのうちに糸を吐き出してはその巣を織るという


死んだ獲物はいつしか喰われて蜘蛛のからだの一部になる   だろう  けれどそれをすべてまるごと全部見ていることも僕にはできないので   僕はそのまますこし断ち切ってしまった巣の主にすまんと声に出さずに謝り   頭上に流れる雲の   いつも変わらず変わり続けるその姿かたちに見惚れる


知の網の目   ヘテロジニアスに記述したとしてもそれはヘテロに留まるものでもあると言えるその困難   困り果て難しいと感じるそのなかにしか語り書くことによって綾を為すことができないという分される文の存在困難   森のように書いたとしても森そのものを書くことはできない


蜘蛛の巣の網の目の隙間をすり抜ける小さな虫がいたとしても   その巣はやはり捕らえもする   生き延びるための食物を   綾なされるものはそうして捕らえる   綾   文   文と化するもの   文化   分化していくなかで   編まれた巣   一滴の雨の雫が溢れたとしても


すでにそこに編まれたものが   どうもそれはおかしいのでないかと見える   そこにある風景のこと   その異和  その違和  そこから新しい糸の芽が生える  吐き出される   蜘蛛になる   それによって新たに捕らわれるものもあるとしても   死骸へと向かう最中から生還するものも


死骸へ向かうものにたいして   文を織るということは   そのかつてのわたしでありそのわたしに似た他者であるところのものに   書くことは   死に絶えるまえのなにものかとともに   そこにそうして   よいもの   かもしれないとは   思えてくる

2016年4月12日火曜日

うまれる、声

”ひとりでいると   だれかといると聴こえない声が   聴こえます
音はしずまって   どこかで笑う
こどもの声が   聴こえます   
いま   どこかで   うまれる   声”

「うまれる、声」という、19か20のころに書いた歌詞の一部をいま、ふと思い出した。


歌をつくりはじめた頃は、ほかの人たちの真似をして、白い紙の上にペンで歌詞を書いていた。詞先やら曲先やらという順序のはなし、詞作というもののしかたのはなし、なにを書くのかというはなし、いろいろな本や雑誌などを通して読んだりもして感化され、考えたり書いたりしていた。


次第に、紙の上にペンで歌詞を書くことをやめた。違和感があったので自然とやめた。書き留める必要を感じなくなっていた。書き留められたものと、そこに歌い出されるものとの微細なズレを感じた。固定化されたものの再現というものの虚偽を自分の声に聴いた。水のように流れ出ればそれでよかった。


口を信頼した。喉を信頼した。鼻の奥を信頼した。はらを信頼した。はらわたを信頼した。頭頂を信頼した。つまりは、声というものを信頼した。のだと思う。ミリ単位で息の扱いを変えてゆく鍛錬をした。息の速度、量、圧、質、幅、ふくらみ、微分、差異、その他もろもろを徹底的に解体・再構成をはじめた。


うちの人に、おとといの晩くらいにふとはなしをした。「俺がだれかに、うたのつくりかたを教えるとしたら、まずはじめにするだろうことは、いま、そこにいる、そこにある、おまえの身と、その場、そこにありいることに身をゆだねて、そこにふさわしいたったひとつの声を、口に出してみることからだ」と。


「そこに、ひとつの、声が、うまれる。それが、しっくりとくるものかどうか、腑におちるものかどうか、それが試金石となる。その、たったひとつを、大切にすること。そうすればまずは、うまくいく。その一音一声が、そこに浮かびあがる、それを場として聴く、そうしたらその次に発されるものが決まる」。


「無数の選択がありうる。一音一声に連なるものは無数にありうる、ようにも思える、けれど同時に、そこにその一音一声がある、ということによって、すでに、完璧に、決まっていることもまた、ある。選ぶようでいて、選ばされる。能動と受動という言葉ならば、それらは同時にある、ところに、いる。」


一音一声を発することのできない人はたぶんいない。僕らはべつにふつうにしゃべれるし手を叩けば音もでる。それはとても簡単なことで、それはべつに大層なことじゃない。その自覚からはじめる。たいしたことじゃない。日常のささいなことだと笑えばいい。そこから誰しもにおのおののうたの種が宿る。


そこに宿ったものを、ていねいに、大切に、聴く。そのはじまりを蔑ろにしたら、うまくいかない。そのあとは自然に決まっていく。そうなるようにその場にゆだねる。こどもがどのように形をなしていくかは親が決めることじゃない。母胎に宿る新しいいのちはいつも宿りのはじまりを超えたら自身として育つ。


受精、ないしは、受生。生をそこに受ける。その瞬間にはまだ、そこに、こどもの笑う声は、聴こえないかもしれない。それはまだ、こども、以前の、なにかかもしれない。母親が、身にその子の宿ることを知るときはいつも、その、以前が、過ぎ去ったあとの、形をなした、未来にある。


卵子。母なるもののなかにあるそのひとつ、だけでは、それはいのちには、育たない。精子。父なるものの、無数のそれらが、母胎のなかに噴出し、行方も知らぬ母胎へ向かい、泳ぎまわる。河をくだり海へと向かう魚の群れのように、母、その身は、水、それは、海のように、鼓動する。


辿り着いたものはいくつもいただろう。そのなかで、ひとつの精子が、母胎にいる、卵子のうちに入り込む。選ばれたもの。選んだもの。それは、どちらか、誰も知らない。それは偶然。おそらく。けれどそれも、知らない。結果、としては、必然。そうも言いたくなる、受精の瞬間。


宿ったもの。そこに交じり合った、一と一、二、が、そこで、一、となる。それが、結ばれている。そうして母胎に、結ばれてある。へその緒から、それは、栄養を贈られる。無償の贈与を授かりながら、それ、は、子、と呼ばれるものに、形をなしてゆく。次第に。それにふさわしい速度で。


母なるものに、その進行の速度を、その進行の具合を、諸器官の生成を、その仕方を、決定することはできない。その者にできることはと言えば、自身の身を健康に保ち、栄養を摂り、安らかに眠ること。そうして子なるものに、必要とされるもの、を、贈り続けること。そうした活動と、意志のなか。


次第に、腹のなか、こどもは、動きだす。それは人か。まだよくわからない。人ではあるらしい。どこからが人だろうか。それは人が勝手に決めること。どこからが人でもべつにかまわない。宿っている、そこにある、ということ、生きているということしか、そこに、知りえない。


次第に、育ったものは、腹のなか、腹の壁面を、蹴りはじめる。あ、いま蹴った、と母は父にうれしそうに語りかける。どれどれ、父はうれしそうに母の腹に耳をあてがう。まだ形もしらぬわが子の運動の音をそこに聴こうと嬉々として耳を傾ける。そんなふうにして。そんなふうにして。


うまれる声が聴こえたならば、そこにうたが産まれます。

2015年12月11日金曜日

あの日のブルーシート

昨日、ある人と電話をした。近頃は、なぜだかわからないけど、電話をすることがふえた。電話をすることなんてむかしはあまりなかった。といっても、そのむかしというものがいつのことなのかはよくわからない。いつかのこと。むかしのこと。むかしむかしとあるところに。そんなふうにしか思い出せないことがだんだんと増えてきているような気もする。

昨日、ある人と電話をした。僕はむかし、その人に恋をしていた。愛していたというと恥ずかしけれどそれもしていた。いまでもそれはそうで、僕にとってのその人は、なんならいまのほうが近いところにいるような気がして、このごろ全然会ってないのに、別れてからのほうが俺とおまえは近くにいるなあなどと笑いあったりした。電話のむこうにいるその人がいまどんな街に暮らしているのか僕は知らないけど、知らなくても、いいんだ。それでも、近くにいる。そんなことを、電話越しに、感じることができる。不思議だなあとおもう。けれど、そうなのだ。そうなのだから、それはそれでいいのだ。電話のむこうで、その人が笑ったりしている。つまらないはなしをすると黙り込んだり、へーって興味なさそうなあいづちをうったりして、あ、おまえいま興味ないやろ、このはなしやーめた、と言って、また、笑う。そいつも笑う。笑うって、いいなとおもえる。ひとりで笑っても、あんまり、たのしくはないから。


あんまりおもいだせない。
あんまりおもいだせないんだ。
でも、
わすれたわけじゃあないんだよ。
ただ、
あんまりおもいだせないだけ。
あんまりおもいだせないだけで、
わすれたわけじゃあないんだよ。

どんなことも、そう。
わすれたり、
おもいだしたり、
そしてまた、わすれたり、
そういうことをしないと、
くるしくなってしまうから、
人は、忘れることが、できると思う、
し、
人は、思い出すことが、できると思う。

時々、
必要なときに、
思い出してやれば、
もう、そこに、いたりする。

あの日の記憶。



最近、オカンとよくしゃべるようになった。まえから、すこしはしゃべるときもあったけど、このごろは、すこし、また、なにかが変わってきたようなかんじがする。オカンと僕。51歳と27歳。あらためて数字を書いてみると、なんだかすごいな。おばさんとアラサーだ。ちょっとまえまで、この半分くらいだった気がするのに、いまでは52と27。よくわからないな。年齢って、よくわからないな。僕にはよくわからないんだ。歳をとることって、なんだろう。歳をとるっていうけど、そりゃあ時間は流れているけど、僕は僕の知らん未来にいまいるけど、でも、なんだか結局、僕は僕のまんまだなあって、昨日そいつと電話しながら、また、笑った。変わらねえなあって思った。変わってくんだけど、いまも結局、あそこにいたりする。あそこって、こことはちがうところなんじゃないんだっけ?よくわかんねえなあ。あそこ。んー。

お気に入りの空き地があった。そこは僕が通っていた小学校のすぐ近く。友達のみっちーが後ろ向きでふざけながら歩いてたら車にはねられて足の骨を折ったのは、あの空き地のまえだったなといま思い出した。みっちー、元気かな。あんときすげー痛そうだったな。足から、骨、すこし見えてたもんなあ。泣いてたみっちー。いまどこでなにしてんだろ。みっちーは僕の中ではいまもあの空き地のまえで泣いてる。わんわん泣いてる。犬みたいに泣いてる。痛そうで、それを見てたら、僕まで痛くて顔をゆがめた。と書いていたらなんだかいまの僕まで、痛くなってきた。痛いのって、どんなふうに痛いのかわかんないのに、痛いことはそのまんまこっちにもうつるから、風邪みたいで、なんか変だ。痛いのっていやだよね。痛くないほうがいいよなあ。

あの空き地で、あのころ僕はよく遊んだ。あのころっていつのことだかもうわすれた。たぶんちいさいころだ。からだがちいさかったから、空き地に横たわった土管のなかにもすんなりもぐりこめた。あんときはちいさい僕だった。年齢は知らない。でも、僕は僕だった。

空き地のはしっこに、鉄パイプが組まれていた。それは大きかった。大人よりも大きかった。ジャングルジムみたいに組まれていた。おっきな鉄パイプの塊。僕はそれを、僕だけの秘密基地にした。友達の家に遊びにいくのは好きじゃなかった。なんだか居心地が悪かった。僕が覚えていない頃から、僕はすぐに家に帰りたがっていたとこのまえオカンが教えてくれた。僕は僕の好きな場所とそうでない場所がよくわかるこどもらしい。それはいまもあまりかわらない。好きな場所にいたいのだ。おだやかにいたいのだ。痛いのはいやなのだ。疲れるのはいやなのだ。のんびりしたい。くつろいで、空気がしんと静かで、息が、呼吸する自分の音が、聴こえるくらいのところにいたい。

あの空き地の秘密基地は、ブルーシートにくるまれていた。おっきなブルーシートは空みたいな色をして空みたいにおっきかった。ブルーシートにくるまれて、そいつはそこにいた。僕はそのなかに入ってみた。入っちゃダメって書いてあった気もするけど、そんなのはおかまいなしだ。なんせ僕は冒険家。秘密のアジトに侵入するスパイ。古代の王様の眠るピラミッドに侵入する勇敢な冒険家。インディー・ジョーンズ!パーパラパーパパパー 好きだったなあインディー・ジョーンズ。探検家の映画はガキの頃たくさん見たんだ。冒険がしたかった。知らんとこに行きたかった。生きてることを見たかった。たぶんそう。それはいまも。

ブルーシートにくるまれた秘密基地のなかは、青色だった。ブルーシートが青色なんだからあたりまえだ。けど、僕はやたらと興奮して、そんでしばらく興奮したら、今度はすっかり落ち着いた。なんて落ち着くんだろうって思った。青色のブルーシートにくるまれて、僕は僕だけの居場所を見つけた。ああ、ひとりだあ、って、しずかになれた。

おひさまのひかりが、ブルーシートを照らしていた。ブルーシートのおなかのなかにいる僕は、おひさまのひかりをいっぱい浴びて青く光るブルーシートの色を見つめた。いいなあと思った。まじまじと見て、目を細めて見て、ブルーシートのおくるみのなかに座りこんでいた。僕はひとりだった。でも、いやなひとりじゃなくて、ここちいいひとりだった。ひとりだなあとさみしいときと、ひとりだなあとうれしいときと、両方のひとりがあるんだなあと思った。そこで僕は、うれしいひとりだなあだった。

ブルーシートから出る頃には、外はすこし夕焼け空だった。あたりはすこしずつ暗くなってきた。僕は家に帰る時間だ。夕焼けがしずんだら、僕は家に帰る。そういうことになっていた。すこしさみしくなった。そういうことになっているから、すこしさみしくなったのかな。僕はブルーシートのおくるみにくるまれた秘密基地にばいばいをした。また来るねと言った。心のなかで言った。たしかあれ以来そこへは行っていない。そんな気がする。一度だけの記憶。青の中に座りこんだ記憶。それがほんとうかどうかはよかしらない。ほんとうかどうかがどういうことかもよくしらない。

夕焼けが赤く赤く染まっていく。帰ろう。おうちに帰ろう。

かあちゃんの手を握ってその道を歩いていた。
それはたぶん別の日。
でも、おなじ道の上。
思い出す時、そこには、同じだけど違う道がある。
あの日はひとりで帰った。
赤色の道のうえ、とぼとぼと帰った。
ばいばいブルーシート。
僕は言った。たぶん。
言ってないかも。よくわかんないや。
けど、言ったことにしてる。
またね。ブルーシート。
僕の中にまだあそこはあるから、
やっぱり、ばいばいじゃないな。
思い出すたびに、そこに行くんだから、
もうそこがなくなってても、僕の中にはあるんだ。
あのときの僕も、思い出すときに、僕のなかにいる。
それが僕で、いまも僕で、僕の真ん中。僕だから僕。

遊び疲れて帰る夕焼けの道のうえ、
なぜだかすこしさみしくなるけど、
家に帰れば、
おいしいごはんが待ってるんだ。
かあちゃんのごはん。
はらへったな。
今夜はカレーだ。
帰ろ帰ろ。
あー
かあちゃん

さっきまでかあちゃんとしゃべってた。
かあちゃん、仕事たいへんなんだ。
かあちゃんだって、かあちゃんやれるときと、
かあちゃんやれないときがあるんだ。
誰だって、そう。
疲れちゃうときもあるよね。
だからそんときは、聴く。
はなしをしたりして、聴く。
目を見たり見なかったりして。
かあちゃん、おつかれ。
無理せんでね。
洗い物はやっておくよ。

このまえの空、
ひさしぶりに、
あのブルーシートの帰り道のことを思い出した。
あの空によく似ていた。
空気が、おんなじだった。
あ、と思った。
あんときの俺がいる。
まだいるんだって、そう思った。
空はつながってるんだ。
どこまでもつながってるし、
いつまでも、つながってるんだ。
それは、あの日にも。
だから、あの日の僕も、
ここにいたりする。
そのときに、僕はあの日の僕に会う。
あ、ってなって、
ははっ、って笑って、
しんみり空を眺めて、
おーい、
俺は、
いまも、
俺だよ。
おまえは、
元気にしてるか?
俺は、
病気だけど、
元気だよ。
いま、
すこしずつ、
元気になってるよ。
おまえも、
元気でやれよ、
って、
もう、
さわれはしないけど、
あの日の僕に、
俺は、そう、笑いかける。

青い空の真ん中。
空はブルーシート。
いつでも、
どこでも、
いつまでも、
どこまでも、
くるんでくれている、
おおきなおおきな、
ブルーシート。
その真ん中には、
俺も、あいつも、僕も、あなたも、
みいんな、いるよ。

だから、
また、
会えると思うよ。

いつか。ね。
旅してるとね。
それが、生活。

あしたも、
おいしいごはんを食べて、
たくさん、遊ぼうね。