2013年11月7日木曜日

こどもとおとなの演奏会  『オトマトペ』


  穏やかな昼下がり。JR中央線へ乗り込み、待ち合わせの高円寺駅へ向かう。駅の改札前にて、「音楽と日常」第一回目のインタビューのお相手、阿部郁美さんと初顔合わせ。

  Twitterのタイムラインを眺めていたらふと目に飛び込んできたツイートをきっかけに、彼女の企画「オトマトペ」に興味を惹かれ、お話を伺わせていただく運びとなりました。

 阿部さんの企画「オトマトペ」は、こどもたちのための公共施設である児童館にて、こどもとおとながともにつくりあげる演奏会です。

 こどもたちが、自由に音を想像すること、想像した音を実際にみんなで自由に鳴らし、純粋な音楽のたのしさや音をだす喜びの中にこどもとおとながいる。

 音楽は、こどもたちの遊びのなかで生まれていく。それは、価値を競いあう音楽ではなく、音楽を「音楽家」の手から「市民」の手に還す運動であり、こどもたちにとっての日常である「遊び」の中から生まれる音楽となる。

 都市空間におけるアートは、現在進行形で拡散しつつあります。しかし、その多くは、「地域」というものをマニフェストとして標榜しながらも、本来の地域に根差す文化性、物語性、そこに生きる人々の営み、日常といったものから切り離され表象として固定された「地域」を対象とみなし、アートの独善性を生の現実に投射するだけで、単なるおせっかいモノとなってしまっています。

 そうした現代の文化や芸術、音楽の状況の中で、児童館というこどもたちの施設に着目し、こどもとおとなの演奏会をやる、ということはどういう意味を持つのか。

 また、阿部郁美さんが、その企画についてどのように考え、どのような思いで企画をはじめたのかを中心にお話を伺いました。


■阿部郁美さんについて





阿部さんは、現在19歳。一度入学した大学を辞め、現在はアルバイトをしながら美大への進学のための準備をしている。

「歌うことが好き」な彼女は、都内近郊のライブハウスで弾き語りのライブをしている。また、自宅近所の中村児童館という児童施設へボランティアスタッフとして通い、児童館のこどもたちと遊ぶといった日常を過ごしている。

そんな阿部さんの企画「オトマトペ」は、彼女の通う、中村児童館のこどもたちと一緒に演奏会を行うという企画だ。こどもとおとなの演奏会「オトマトペ」。


■「こどもと音楽」<ドキュメンタリー~「アーティスト•イン・児童館」「石川家」の活動へ>

- でははじめに、こどもたちとの演奏会という企画をやろうと思った経緯について聞かせてもらえますか。
 阿部 「元々、ドキュメンタリーというものにすごく興味があって、ドキュメンタリー作品をひとつ撮りたいと考えていたんです。ドキュメンタリーとして何を撮ろうかを考えて、その対象として自分の好きな音楽活動をしている人を撮りたいと思って。
 音楽をドキュメンタリーとしてどんな風に撮ろうか、と考えたときに、自分の周りにいた人たち、アーティスト•イン•児童館*1の活動を思い出して、こどもたちと音楽をテーマに何か撮ろう、と考えるようになったんです。」
- 「アーティスト・イン・児童館」というのは、児童館でアーティストとこどもたちが共同制作をする活動ですよね。ぼくも学生の頃、関わっていました。「音楽」を通してゆるやかに変化していくこどもたちの姿を撮りたい、ということでしょうか?
阿部 「そうですね。こどもと一緒にやろうと思ったきっかけはもう一つありました。それは、私の通っていた児童館のイベントでライブをするバンド「石川家」に出会ったことでした。
 「石川家」はお母さんと小学校3年生のお兄ちゃん、5歳の弟の三人のバンドで、私が観たライブではFISHMANSの「Walkin’」のカヴァーをやっていて、それがすごく素敵だったんですよ。
 一緒に生活している家族で、マイクを使わないで、ギターとピアニカ、家にあるオモチャを鳴らしながらゆったりと歌うその感じがすごく好きで、私もこんなことがしたい、と思ったんです。




 そこから自分の中でイメージができてきたんですが、どうやってやればいいのかわからなくて、とりあえずツイッターにツイートしてみたりしていました。そしたら、高校時代に私が所属していた軽音楽部の友達が興味を持ってくれて「いっしょにやろう」となったんですが、なかなか集まって話あう機会などが持てなくて。当初夏にやろうとおもっていたんですが、冬に延期になっちゃったんです。」
   
■児童館の「今」と新しい表現
~遊び•コミュニケーションと創作~

阿部 「私がその演奏会の企画を行う予定の中村児童館では、毎年夏と冬にライブイベントが行われていて、そのイベントの機会を使わせていただきたいと思っています。
 もともとは、児童館に遊びにくる中高生がバンド演奏したり、ダンスやマジックなどパフォーマンスしたりする場だったんですけど、近頃は、全然参加する人がいなくて、私ともう一人くらいしか参加しなかったんですね。
 児童館の職員さんにも相談して、その日に向けて、秋頃から週一回程度、こどもたちとの練習時間をもうけて練習していこうと思っています。
 いまはこどもたちと仲良くなる期間だと思って児童館に遊びにいっています。急に現れた見知らぬ人が突然「いっしょに音楽やろうよ」と言っても、こどもたちも戸惑ってしまうだけなので、まずは仲良くなる事からはじめようと思いました。」
-  僕自身がアーティスト・イン・児童館の活動に関わっていたときも、やっぱり同じことを思っていました。突然現れた大人が、「いっしょにつくろうよ」と言ったところで、「意味わかんね!」「やだ!」と、はねつけられてましたから。笑 
  ひとつの企画をこどもたちと作り上げていく上で、まずは人として「仲良くなる」ってことは、すごく大事だと思います。
阿部 「職員の方々に言われたことを思い出してみたり、アーティストユニット「ナデガタ•インスタント•パーティ *2」や劇団「快快*3」など、アーティスト•イン•児童館の招聘作家の方たちの企画のつくりかたをみていると、ちょくちょく児童館に遊びにきてこどもたちと仲良くなることからはじめていて。やっぱりそういう形で子どもたちの遊びの環のなかにはいっていくことが大事だなと感じてるんです。」
 - なるほど。アーティスト•イン•児童館で行われていた「ことばのかたち工房」*4という企画があります。「若返り」とか「高級感」とか、いろんな「ことば」をお題に子どもたちにイメージを広げてもらい、それを、古着をつかって造形する、という企画です。
 あの企画に関わっていたときに感じたのが、非日常的な「場」をこどもたちの「日常性」のなかに埋め込んでいく方法の難しさだったんですよね。
 児童館は、こどもたちにとっての「日常」の遊び場であって、そこに突然非日常的な創作の「場」を放り込んでもなかなかうまく「場」が動き出さない。彼らと人として関わり、仲良くなることを通して、たとえばドッジボールを一緒にやったりしていく「日常性」のなかで彼らを僕らの企画がつくる「場」に巻き込んでいくこと。
 日常と非日常を、遊びを介してゆるやかに繋いでいくことで「場」にこどもたちが自然に介入してグルーヴが生まれるなあと学びました。

阿部 「そうですよね。冬の企画は第一ステップとして、「まずは一度やってみる」という機会として考えています。
 まずは一回やってみて、そこから何か気づくこともあるだろうし、ゆっくり時間をかけてやり方を工夫したり、内容を肉付けしたりしながら、企画を進めていきたいと思っています。」

-  阿部さんの意識として、中村児童館で夏と冬に行われるイベント以前とが変わってしまったことに対して、なんとかしたいという想いもあるのでしょうか?

阿部 「はい。先ほどお話した児童館のイベントは、小中高の児童館に遊びにくるこどもたちがライブをしたり、演劇をしたり、ダンスをしたり、本当になんでもありな場所だったんです。
 それが最近ではあまり出演する人も少なくなってしまってきているので、そのイベントで何かおもしろいことをしたいという気持ちもあります。」

-  そのイベント自体、すごくいい取り組みですもんね。

阿部 「イベントに参加するこどもが減ってしまったのは、児童館に遊びにくるこどもの数が減ったわけじゃなくて、児童館に遊びにきてもゲームをやってるだけの子が多かったり、せっかくある音楽室も、かくれんぼとかに使われているばかりで、そういうのは少しさみしいな、と思っています。
  あまり弾けないんですけど、音楽室においてあるピアノとか弾いていると興味を持って寄ってくる子もいたりして、そんな子たちといっしょに何かやったら楽しいと思うんですよね。」
 ■こどもたちに自由に音をだしてほしい

-  冬にやる企画については、どのような形での演奏会を考えているんでしょうか。
 演奏会にも、いろんな形があると思うんです。たとえば、みんなが知っているような有名な曲を選んで、それをこどもたちにきちっとパートを割り振って練習して演奏する、という形もあれば、とにかく自由にセッションするような形もあり得るし。

阿部 「そうだなあ。このパートやりたいひとーとか割り振りはある程度必要だと思うんですよね。そうじゃないと決まらないから。でも、私が勝手に割り振るんじゃなくて、こどもたちがそれぞれ出したい音を選んで、ひとつの曲に対して、「こんな音があったら楽しいよね」みたいな感じで、好きな音をたくさん足していきたいんですよ。それで、わーっとさせたくて。」

- いいですね。各パートが楽譜通りの演奏するんじゃなくて、パートだけ与えられていて、あとは自由、みたいな。

阿部  「タンバリンとかギターみたいな既成の楽器だけじゃなくて、出したい音にあわせて、それを出せる「楽器のようなもの」をみんなで工作できたら楽しいんじゃないかな、と思っていて。たとえば、ガチャガチャのカプセルみたいなものにビーズ入れてマラカスみたいなものをつくったりとか、そんなでもいいし。」

-  おもしろいですねー。僕が卒論で取り上げた企画を思い出しました。
 神奈川県藤沢市でまちなかでの作品の展示やらパフォーマンスを開催する地域型アートプロジェクトなんですけど、ぼくはそこに参加しているアーティストや地域のおじさんとすごくおもしろい出会いをしたんです。
 ある晩、友達と酒飲んで、「ほなそろそろ帰るかー」ってなって駅に向かったら、駅前に、円形に座り込んでるおじさんやらおばさんやらこどもがたくさんいて、みんな竹筒を手にもってるんすよ。んで、それを地面に叩き付けて、カンカン音を出してたの。
  
阿部  「(笑)」

- ほんま謎の集団で。(笑)なんかわけわからん踊りしてるひといるし、民族っぽい歌うたってるひともいるし、もうカオスで。(笑)
 僕も竹筒渡されちゃったんで、友達と一緒にカンカンしてたらすごい楽しくなってきちゃって、終わってからもみんなで「飲みにいくぞー」とか言ってばか騒ぎしながら飲みにいったんですよ。
 竹を切って、中をくり抜いただけの楽器なんだけど、意外と簡単な楽器でも、血がたぎるようなおもろい楽器って作れたりするんですよね。こどもたちとかけっこー喜ぶと思いますよ。ほんと、意外と民族的なグルーブも出るし。
阿部  「それはもとからある楽器とかじゃないんですよね?(笑)」

- ないですよ。ただ単に、竹切っただけだし。(笑)あ、でも、そのプロジェクトのなかに民族楽器みたいなものを作っているアーティストのおっさんがいて、たぶんその人が考案した、楽器みたいなものだと思います。あーゆうのあると楽しいですよ。ぜひ、参考までに(笑)

阿部  「そんなのあったらおもしろいですね。(笑)楽器はそれだけですか?」

- それだけ。(笑)あとはもう、その竹筒の作り出すリズムにあわせて歌ったり踊ったりするだけの、原始的な音楽です。もはや、古代人の集まりでしたね。(笑)

阿部  「(笑)そりゃこどもたち惹かれますよね。」

- どんどん新しい楽器も考案して、つくって、普通の音楽やってる人たちなら「こんな音入れないでしょ」みたいな音をこどもたちといっしょにどんどん入れていったら楽しいでしょうね。

阿部  「そうですねー。楽しそう。そんなのやりたいです。」

- 演奏会の曲は、知ってる曲をベースにやるんですか。それとも、郁美さんが曲オリジナルで作っちゃったりとか?
 阿部  「作らないですよー。(笑)一応弾き語りもしてるし、自分の曲も何曲かあるんですけど、へたくそなんで。やるなら、大人もこどももみんなが知ってる曲をやりたいです。ジブリの曲とか、みんな知ってるしいいかなあって。
 何曲かやるなら、知らない曲があってもいいと思うんですけど、こどもたちが楽しめるのはやっぱり知ってる曲かなあって。グループをいくつかにわけてそれぞれが1曲を演奏するのか、大きなグループで数曲を演奏するのかとかはまだ考え中で。
 1、2ヶ月しかないし、こどもたちの集中力の問題もあるので、いまのところ、ひとつの大きなグループでやる方がいいのかなと思っていますけど。」

-  開催時期はいつ頃ですか。

阿部  「12月のはじめだったと思います。」

- まだ練習自体ははじめてないんですよね。

阿部  「始めてないです、し、まだ曲も決めてないんです。さっき話した軽音楽部の友達たちは、さほど乗り気じゃなくなってきちゃったみたいなんで、自分一人でできることは自分で始めて行きたいんですけど限界もあるんで、私と同じように児童館にきている同年代の子たちにも手伝ってもらっていろいろはじめていこうかなあと思っています。」
- なるほど。いいですね。お話を聞いてたら、大友良英さん企画の「プロジェクトFUKUSHIMA!」の演奏会を思い出しました。
 
 東日本大震災の復興支援の形で立ち上がったプロジェクトで、大友良英さんを中心に、七尾旅人さんのような歌い手も参加して、井の頭公園でも演奏会をやったんですね。
 その演奏会に、実は僕も参加させてもらったんです。参加は自由。みんな好きな楽器や音の出るものを持ち寄って、とにかく好き勝手に音を出しながら井の頭公園の中を行進する音楽パレードだったんですが、それがとても楽しくて。
 そんなかんじで、カオスに音を出すこと自体を楽しむっていう音楽のあり方がいまいろんな場所で立ち上がってきていると思うんです。
 郁美さんの企画する演奏会が、そういうカオスな音の洪水をこどもたちとともに生み出すものなのか、それとも奇麗にまとまりのある音楽をこどもとともにつくりあげるのか、っていうのは、今回のお話を聞くまで気になっていた事だったんです。
 阿部  「その二つの中間がいいなって思っています。ひとつの曲をやるんですけど、こどもたちには、本当に自由に音をだしてほしいと思うんです。これはだめ、とかは言いたくない。とにかく、自由にやりたいです。」

- その中間を目指しながら、こどもたちの自由さを解放するためには、逆にひとつの軸となる要素、部分が必要になりますよね、たぶん。
 阿部  「そうですね。そういう意味では、歌うこと、というのを一つの軸にしたいと思っています。こどもたちみんなが楽器ができるわけじゃないし、誰でもできることと言えば、歌うことかなと思いますし。私自身も歌うことが好きなんで、こどもたちといっしょに、歌うこと、音楽ってたのしいよねえと共有していきたい。」
 - 歌が一つの曲の軸になりながら、こどもたちの自由な音の洪水が好き勝手に立ち現れるならば、一つの「音楽」として成立しそうですね。たのしそうだし。面白い。
 阿部  「私自身、楽器はあまり得意ではないけど弾き語りしているのは、歌うことがすごく好きなんですね。最初は、アカペラとかでみんなで歌うのもたのしいかなとか思ったんですけど、やっぱり少しさみしいかなと思って、いまはそういう形で考えています。」
 - 話は戻るんですけど、最初の興味であった「ドキュメンタリー」をその演奏会を撮ることで作るんですか。
 阿部  「はじめは、ドキュメンタリーを撮ることが目的だったんですけど、企画を考えていくにつれて、いまはその演奏会自体をおもしろいものにしていきたいという気持ちが強まっていったので、この演奏会をドキュメンタリー作品として映像にするかどうかは、いま考え中です。」
 - 個人的にはすごく観てみたいです。いい意味で余白の残っている企画なので、これから郁美さんとともにこの演奏会の企画がどう育っていくのか、とても楽しみです。
 阿部  「まだまだ考えることややらなきゃいけないことがたくさんあるんですけど、とにかくこどもたちとたのしいことができるように、がんばります。」


■インタビューを終えて
 

 アーティスト•イン•児童館、石川家という二つの「共同制作」の現場に出会い、自分も何かをこどもたちとともに作りたいという想いを持った阿部さん。悩みながらも、彼女の言葉からは、音楽への愛情と、こどもたちとともに楽しいことをしたいという純粋な気持ちが伝わってきました。
 僕がインタビューをした際には、まだ企画名が決まっていませんでした。

「名前のない演奏会」。

 これはこれでおもしろいなあと僕は思っていましたが、後日彼女から連絡を頂きました。
 「企画の名前は、オトマトペにします。」
 
 オトマトペは、「擬音語」を意味する「オノマトペ」と「音」という言葉を掛け合わせた阿部さんのオリジナルの言葉だそうです。「どんな想いでつけたんですか?」と聞くと、彼女はこう答えてくれました。


 「子どもたちと音楽をするのに、CコードもFコードも理解するのは難しいだろうし、むしろ必要ないと思ったんです。どういう形で音楽の音作りをしていこうかなって考えたときに、声で、「こういう音が欲しい」っていうのは誰でも伝え合うことはできるだろうなって。「ガシャガシャ」とか、「ピロピロ〜」とか。
 だから、「オノマトペ」。擬音語から始まる「音」作りで「オトマトペ」です。」


擬音語からはじまる、こどもとおとなの音作り。

阿部さんの企画のこれからがとても楽しみです。
取材・文:百瀬雄太


*1 アーティスト•イン児童館
 こどもたちの遊びの現場である児童館にアーティストを招聘し、児童館をこどもとアーティストの創作表現のための作業場として活用するプログラム。NPO法人「アーティスト•イン•児童館と東京都、東京文化発信プロジェクト室(東京都歴史文化財団)、練馬区教育委員会の共催により」「東京アートポイント計画」の一環として実施されている。

 阿部さんが高校生の当時、中村児童館ではアーティスト•イン•児童館主催の「全児童自動館」が行われていました。彼女は、児童館に遊びにくるひとりの「こども」として、また、活動を作り上げるスタッフ、つまりひとりの「おとな」として、この企画に参加していたそうです。

*2  ナデガタ・インスタント・パーティー

中崎透、山城大督、野田智子の3名で構成される「本末転倒型オフビートユニット」。2006年より活動を開始。地域コミュニティにコミットし、その場所において最適な「口実」を立ち上げることから作品制作を始める。口実化した目的を達成するために、多くの参加者を巻き込みながら、ひとつの出来事を「現実」としてつくりあげていく。「口実」によって「現実」が変わっていくその過程をストーリー化し、映像ドキュメントや演劇的手法、インスタレーションなどを組み合わせながら作品を展開している。代表作に2010年、100名を越える市民スタッフと共に地元メディアをも巻込んだ24時間だけのインターネットテレビ局「24 OUR TELEVISION」( 国際芸術センター青森)がある。2011年、初の海外作品となる「Yellow Cake Street」(Perth Institute of Contemporary Arts、パース/オーストラリア)では、架空のオーストラリア家庭料理「イエローケーキ」のレシピを地元シェフや市 民と考案し、期間限定のケーキ店の開業を実現させた。
※下記HP、profilより引用
*3  快快
2004年結成、(2008年4月1日に小指値< koyubichi>から快快に改名)
集団制作という独自のスタイルで作品を発表し続ける、東京を中心に活動する劇団。
パフォーミングアーツにおける斬新な表現を開拓し「物語ること」を重視した作風で今日の複雑な都市と人を映し出しながらも、次第に幸福感に包まれゆく人間の性をポップに新しく描いてきた。
2009年よりアジア、EUにも活動の場を広げ、
2010年9月代表作「My name is I LOVE YOU」でスイスの
チューリヒ・シアター・スペクタクルにてアジア人初の最優秀賞、「ZKB Patronage Prize 2010」を受賞。既存の概念を越境しては演劇という枠に揺さぶりをかけ続ける「Trash&Freshな日本の表現者」として国際的にも注目されている。
本公演以外にも、野田秀樹プロデュース日タイ共同制作での作品発表、福島県いわき総合高校とのコラボレーション公演、「スペクタクル・イン・ザ・ファーム」、「吾妻橋ダンスクロッシング」等イベントへの参加、美術館での展示、パーティーの企画、銭湯や家での公演等、よりストリートで親しみ易い文化としての演劇活動を志して来た。
主な作品は「My name is I LOVE YOU」(2009)「Y時のはなし」(2010)「SHIBAHAMA」(2010)「アントン・猫・クリ」(2012)。2012年9月に発表した最新作「りんご」は「死」というテーマに真っ向から挑み大きな話題を呼んだ。2012年12月アーティスト・イン・児童館とのプロジェクト「Y時のはなし・イン・児童館」では子供たちとの制作に挑戦し好評を得た。
※下記HP、profilより引用
*4  ことばのかたち工房

2013年9月18日水曜日

美学的文脈における音楽の円環と閉鎖性について

友人のブログを読んで、改めて「音楽の円環」について考えてみたい。「音楽の円環」とは何か。それは、現代日本のいわゆる「音楽」と呼ばれる表現の形態と表現の場の閉鎖的な性質を意味するものだ。1960年代以降、 The Beatles、エルヴィス•プレスリーらロックのレジェンドの誕生と共に構築されて来た「ロック神話」と音楽産業構造。それらが世界にもたらした文化の革新は確かな力を持つものであったし、僕自身、そうした音楽産業構造から商品化されたパッケージとしてのレコードやCDを購入する事やライブハウスでのライブを観る事で日常を生きる糧としているので、その意味ではこれまでの音楽産業の生み出して来た文化に多大なる敬意と 感謝をしている。 グローバル化、情報化、テクノロジーの進歩により、出会うはずのなかった世界各地の音楽にいとも簡単にアクセスする事ができる事も、もちろん素晴らしい事だと思う。優れた文化が、時間と空間という軸を超えて、現代日本に生きる普通の若者の耳に届くという事。それはとても価値のある事だし、そうした複合的な音楽文化の需要が現代日本の音楽文化を面白いものに育てている事には全く異論はない。 ただし、見落としてはいけない事がある。それは、「音楽」が、芸術と呼ばれる様々な表現の中の一つである事、そして、 芸術とは社会と切り離された場所で存在するものではないという事だ。 現代日本の音楽に対して僕が感じる欺瞞はここにある。現代日本には、様々な音楽表現、表現の場、音楽を売るための場、音楽を伝えるためのメディアが存在し、日夜、多様な媒体を通してそれらはリスナーである僕らに届けられる。それ自体の価値を否定するつもりはない。でも、僕は思うのだ。「どうしてこれほどまでに、音楽は他の表現と切り離されたものとして消費されるのか」と。 現代美術の文脈を振り返れば、音楽以外の表現、たとえば、舞踏、演劇、絵画、造形、建築といった表現は、様々な表現と交通しながら新たな表現形態を模索してきた。現代建築でいえば、みかんぐみ。舞踏などではダムタイプ。演劇では快快。など、それら音楽以外の様々な表現は、資本的価値や従来の常識、伝統、形態を破壊しながら、常に新しい表現、形態、思想、場を創り上げてきた。その表現には、他の様々な表現との交通、 現代という社会の問題や常識を解体する使命を担ってきた。文化と社会という多層的な構造から生み出される様々な表現。 こうした他の様々な表現と比べたとき、いわゆる音楽という表現は、あまりにも「引きこもり」的、孤立的な表現としてのみ発展してきてしまったのではないか。また、それだけが音楽である、との閉鎖的な社会認知が現代日本で醸成されてきてしまったという危惧が僕にはある。他の表現との交通、 社会、地域との交通を閉ざした閉鎖的ひきこもり文化、音楽。僕は音楽を愛するがこそ、その閉鎖性をとても哀しく思う。 はじめに述べた「音楽の円環」とは、こうした音楽文化の表現の文脈、場所論的文脈における閉鎖性だ。音楽に、のめりこめばのめりこむほど、音楽という表現が、空間的にも美学的にも社会的にも閉ざされたものになっていく。これを僕は嘆くのだ。 こうした閉鎖性を作り出してきたものとして、僕は旧来型音楽産業構造のバブルと「ロック神話」の排他的思想を原因の一旦と考える。音楽は他の表現に比して、あまりにも商品化されすぎた。資本主義的な産業構造に適合しすぎた。消費する対象としてのパッケージ、 ライブが繁栄しすぎた。グローバル化する資本主義の中で、マネーとともにハイパーリアルな亡霊として文化の亡骸をMP3という形で拡散させることにせいこうしすぎた。音楽は、あまりにもうまく消費する商品として社会に立ち現れすぎてしまったのだと思う。 そして、「ロック神話」がそうした構造に聖書を手渡した。「売れる」事、「スター」になる事、そうした大衆の欲望を喚起する精神のカンフル剤として「ロックスター」は孤独な青年の社会承認欲求のためのアイコンとして神格化された。音楽は、 世界に承認されるための手段として認知された。資本主義での音楽産業構造と それを正当化する「ロック神話」という物語。僕はここに問題の本質をみる。そして僕は問いかけたい。 「音楽とは、個人の承認欲求を満たすためのエゴイスティックで閉鎖的な表現としての価値しか持ち得ないものなのか。」と。 答えは、否。僕らが愛する音楽はそんなにチンケなシロモノではないと僕は信じたい。資本主義の奴隷としての音楽は、もう終わりにしよう。歴史を紐解けば、音楽はもっと大きなものとして、人間の社会、日常、文化に直結した個、ないしは共同体の表現であった。人々は、死を弔うために火を囲み踊り、歌を歌った。狩りのために、声をあわせて歌った。母なる大地で律動を。母なる森で鳥や獣とともに囁きを。祝祭のために、祈りのために、僕らの先祖は歌った。音を奏でたきた。様々な、生きるための表現とともに、社会のなかで生きるために、そして、人が生きるという喪失と絶望の運命を慰めあうために。 音楽が、「音楽家」という特権的な存在だけの手に委ねられたのは、近代以降の一つの物語にすぎない。 特権的な、美的強度を有するものだけの手に芸術を閉じ込めた。その近代美術を解体するための様々な表現が音楽以外の表現でははじまった。僕らは個ではなく、再び芸術を社会と民衆の手に還すため近代芸術を爆破する時代を生きている。本当に音楽を愛しているならば、そのことに目を開くべきだ。 革命は、静かにはじまっている。音楽を表現する人々、場をつくる人々、それらを社会に伝えるメディアをつくる人々、そして、音楽を愛して止まないすべての人達へ。 これまでの音楽を捨てろとは思わない。ただ、新しい時代に、 これまでの産業が食いつぶしてきた、音楽という文化の根源的意味を取り戻す取り組みに、少しでも目を開いてほしい。 それが、僕の心からの願いであり、この「音楽と日常」というメディアを通して僕は、そうした不可視の音楽の文化の強度を取り戻すために、慎ましく、たどたどしくも、言葉を綴って行く事をここに宣言したい。

『西荻窪の古本屋さん 音羽館の日々と仕事』を読んで

手にとっただけで、暖かみの伝わる装丁。柔らかな空気感。西荻窪という町にひっそりと佇む古本屋、音羽館について、店主自ら言葉で綴られたこの本は、とても穏やかで心地よい。文章に人柄が宿るとはこの事か、と感心してしまうほどに、柔らかな、わかりやすい言葉を紡ぐ筆者。ゆるやかな文章に、 心が洗われていくようです。 本書、第一章では、音羽館の誕生と、日常の仕事の話が語られる。一冊の本の値段をいかにつけるのか、棚をどのような思いでつくるのか、店というものにどのような認識を持ってもらい、そのためにどのような本をどのように売るのか。そうした、古本屋としての日々の仕事の工夫、 客として店に出向くだけではなかなか覗くことのできないお店の裏側が訥々と語られていく。穏やかさのなかに隠された、ささやかでありながらも確かな信念が垣間見られます。この人は、本当に、本が好きで、古本屋さんという仕事を愛しているのだな、と思わず胸があつくなりました。 なぜ古本屋なのか、なぜ実店舗での販売にこだわるのか。それは結局のところ、古本屋という仕事の醍醐味が、目の前にいるお客さんとの本を介したゆるやかなコミュニケーションの中にあると店主が感じているからのようです。古本屋さんという、 儲かりはしないけれど、好きな仕事を選んだ店主の様々な言葉の暖かさ、素晴らしいなと思います。 こういう本が、僕は好きです。普段みることのできない他人の小さな日常の世界を覗き込む事で、自分がぼんやりと感じていた事や、大切にしていることに改めて出会う事ができるからでしょうかね。 一方で、こういう本を読むと僕は、大抵いつもある種類の「ぬるさ」を感じる事も否定できない感覚として感じてしまいます。それは一体、なぜだろう。これが、いま僕のなかにある大きな問いのひとつです。 心地よいもの、とは、同時に、退屈なものでもあると思います。それはきっと、心地よさというものが、既にある程度形を整えられ、完成した土台の上に成り立つものだから。地平線へと続くなだらかな一本道を車でひた走ることは心地よい事です。不安に思うことはなにもない。道に迷うこともない。ただただ、舗装されたアスファルトの道を走ればいいのですから、それは心地よいものです。 ただ、心地よいものに慣れすぎてしまう事には、弊害もあるのです。それは、その心地よさというものが、誰かの手によって造られたものである事を忘れ、心地よいもの中にいるだけでは出会えない、野生の動物たちや未開のジャングルがあることに気がつかなくなってしまう事です。これはひとつのメタファーに過ぎませんが、心地よさの閉鎖性は、本に限らず、文化、表現に纏わるすべてのものに関わるものです。 僕はいま、音楽に纏わる店や場をテーマに据えた本の企画を日々考えています。音羽館の本は、いまの僕にとりとても参考になる教科書であるとともに、よき反面教師となりそうです。 いわゆる「店的な物語」、「西荻窪」という町の表象。そうした心地よさを、僕は逸脱したいと思っています。「店を紹介する」本ではなく、 あくまで僕は「音楽のある場を作り続ける表現者」として、彼らと彼らの店をひとつの作品行為として描き出したいと考えています。それは、これまでの音楽という表現の担い手を拡張する意味を込めて。そして、 場をつくることこそが、音楽という文化がいま求める価値ある表現行為であると僕が考えているからです。 見慣れた風景を一変させる一曲の音楽。 見慣れた街並みを一変させる音楽の現場たち。 心地よさを消費するだけでは、なだらかな道から自分の道を歩む事はできない。魑魅魍魎の蠢く森の中へと足を踏み込んでいくような、心地よさとは相反する、不可知の出会いの感覚。そんな本が作れたらいいな、 と思った今日でした。 音楽の現場を創ること、それは新たな音楽家の ひとつの表現行為であり、音楽の場とは、永遠に終わらない一つの壮大な交響曲である。 なんてね。